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| 2001東アジア五輪での中堀・高川。国別対抗台湾戦での中堀の凄さは伝説になるだろう。 |
第一シードの中堀・高川は前回(1999)の2位。中堀のコンデションさえ万全なら、決勝にでる。万全であってほしい。決勝で劉永東との対決がみられるし、なによりもそれが、みたい、みたい。
天皇杯での状況はあまりよくなく、走れないし、ラケットもふれてない。いいときの中堀の半分、どころではなくて、普通のときの、中堀の10分の1だった。社会人でもおなじような状態だったらしいが、ここでは優勝している。にわかにしんじられないが、中堀・高川が日本国内で頭抜けた存在であることはもはやわかりきったことだ。
準々であたりそうな金法顕・方峻煥は無気味。方峻煥は日本ではシングルスしかしたことがないが(アジアカップとミレニアムカップは別)、崔志勲とのペアで1997東アジア五輪銀メダルであり、実力は折紙つきだ。簡単な相手では当然ないが、まあ勝てるだろう。 27-28の林・柯vs.東・渡邊は白熱しそうだが、柯釜元が何ものかわからないので、判断がつかない。このふたりが台湾のシングルス予選でぬけたはずであり、強打者ふたりのとんでもないペアか?。林の打球の物凄さは台湾で実感してきたばかりで、このへんでとめておかないと、団体戦は大変なことになる。
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| バンコクアジア五輪で中堀とシングルスで対戦する金耿漢。個人戦ダブルスでもあたっており、これは5-4で金耿漢が勝っている。 |
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| 方峻煥。2000年、富山で開かれたミレニアムカップより。 |
東・渡邊はそこを勝つと、呉成栗・金耿漢とあたる。呉成栗はまだ20才だが、技術は高い。王座で来日、インドアだったので、テクニックがむき出しになったでよくわかる。日本ボールに対する違和感も、あるのだろうけれど、李源學が昔みせたような、どんくささはなく、たくみにアジャストしていた。シングルスのところでも書いたが、ネットプレーも抜群で日韓台の後衛のなかでは最高技術だ。韓国の若手はもはや後衛という概念をすて確実にオールラウンダ−への道をあゆみはじめている(実際に彼をみたひとが前衛だとおもいこんでいたというエピソードもある)。そんな彼が韓国のシングルス予選をぬけたのはあたりまえかもしれない。
準決勝が中堀・高川vs.呉・金との仮定の話し(東・渡邊vs.中堀・高川を予想してもしょうがないので)、金耿漢には日本ボールアレルギーがあるが、それ以上に中堀コンプレックスがあり、昨年、世界選手権への展望をきいたときは「シングルスはね、僕達が勝つ(ガッツポーズつき)。でもね、ダブルスはね、ナカホリがね、強いよ」と情けない。佐賀、大阪と中堀・高川に3連敗(シングルスをいれると4連敗)であり、まあ当然かもしれないが。
この金耿漢が国際大会にはじめてでてきたのは1998のアジア五輪で、その初日の朝に、いきなりシングルスで中堀と当たる。 テクニックは当時からものすごく、必殺のドロップボレーに中堀が審判台につっこみそうになるシーンさえあった。生半可なテクニックではない。切れまくる文字通りの必殺なのだ。
あっという間に3-0と(金が)リードするのだが、そこからみている側も信じられないような逆転負けを喫してしまう。 これがトラウマか?それでも大阪の国別対抗では結構よく、異常に状態がよかった中堀・高川に対して、結果は大差だったが、
一つ間違えば、というようなゲームだった。負け方に内容があったのだ。
個人戦でも中堀・高川と同ブロックであり、楽しみにしていたのだが、これはひどい試合で情けないかぎりだった。 ここでコンプレックスは決定的になったのかもしれない。
今回はどうなるだろう。まあ東・渡邊があがってくるのが一番なのだろうけれど、純粋に楽しむ、という視点からでは同士討ちよりも、中堀・高川vs.呉成栗・金耿漢がみてみたい、というのが本音ではある。
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