ページ 11

投稿記事Posted: 月 1 02, 2006 11:56 pm
by 通りすがり
webmaster さんが書きました:なかなか手厳しい御意見、ありがとうございます。なかなかここまではいえませんが、的を射ているのではないかと思います。fに関しては私としても非常に違和感が強かったです。eについても100%賛同します。最近、男子選手のマナーは向上傾向にありますが、そのかわり女子のマナーの悪さが目立つようになってきました。アジア五輪の予選会でも相手のミスに大声で『ありがとう』と絶叫する選手がいて目(耳)を疑いました。プレーヤーの声の掛け合いはソフトテニスの魅力のひとつかもしれませんが、度を越しているとしかおもえません。

 女子選手の相手選手へ向かってのガッツポーズや ありがとう!と言う言葉はそんなにマナーが悪いものとは 思いません。むしろ、声だして元気にプレーしてる 方が断然清清しいです。一生懸命プレーして 闘争心を持ってやるからこそ大きな声もでるし そういう所も一流選手の魅力であると思いますよ。 自分はもう引退しましたがここを見てる 現役選手の気分にもなってあげて投稿してあげて下さい。

マナーやエチケットの欠如

投稿記事Posted: 月 1 02, 2006 11:57 pm
by webmaster
 「一生懸命プレー」すること、あるいは「闘争心を持ってやる」ことと、相手のミスにガッツポーズやありがとうとというのは全く別問題です。 フェアプレー以前、マナーやエチケットの欠如といっても言い過ぎではないでしょう。一般的な状況におきかえればその異常性がよくわかるはずです。 他人のミスに「ありがとう」などというのが、はたしてマトモな行為でしょうか?おっしゃるような「清清しい」行為でしょうか?スポーツだからゆるされるのでしょうか?ただ「通りすがりのもの」さんがそうかんじないほど、これらの行為が、ていどの差こそあれ、日常的になっていることはたしかで、だからこそ問題であると考えるのですが・・・

 相手のミスに『ラッキー』とか『もうけた!!』なんていうのはそれこそソフトテニスでは日常的な風景ですが、これもおかしい。相手の失敗をラッキーなどと喜んでみせるなんて、なんておもいやりに欠けた行為なんでしょう。これらのことを生徒がいうことを厳しく戒めるコーチを何人か知っています。非常にすばらしいことですが、良く考えればあたりまえのことなんですね。

 誤解してほしくないのですが、声をだして元気にプレーすることや、闘争心を表にだしてプレーすることが(好みの問題は別にして)悪いといっているわけでないのです。 下のレスにも書いたようにそれはおそらくソフトテニスの魅力のひとつでしょう。しかし度をこしてはいけない。男子選手の一部にみられるような「威嚇」にちかいような言動をみるとなんて品性のひくいスポーツなんだ、と悲しくなるときがあります(威嚇行為はルールに抵触します)。以前はこのような選手はすくなくとも上位にはぜんぜんいなかった。きっちり感情をコントロールできる大人の選手ばかりだった。かといって闘志がかんじられない、なんてことは全然ない。むしろ今より迫力のある選手が多かった気がします。多分にノスタルジックな思いがはいった感傷的な意見かもしれませんが・・・

Re: マナーやエチケットの欠如

投稿記事Posted: 月 1 02, 2006 11:58 pm
by 通りすがり
 相手のミスに喜ぶのではなくて、相手のミスって言うのは 自分が攻めたボール等でも、相手がミスする場合もありますよね。 わかりますか?相手のミス=自分が決めたポイントに繋がるような ポイントもあるわけで、相手のミスにガッツポーズをするのではなくて 自分のポイントに選手は喜ぶわけです。自分もコートに入って戦ってみればわかると思いますが、誰も相手のミスにメチャクチャ喜んで自己表現をしてるわけではない事ぐらいわかって欲しいものです。みんな選手は自分の取ったポイントに喜んでるのですから。

Re: マナーやエチケットの欠如

投稿記事Posted: 月 1 02, 2006 11:59 pm
by webmaster
通りすがり さんが書きました: 相手のミスに喜ぶのではなくて、相手のミスって言うのは 自分が攻めたボール等でも、相手がミスする場合もありますよね。 わかりますか?相手のミス=自分が決めたポイントに繋がるような ポイントもあるわけで、相手のミスにガッツポーズをするのではなくて 自分のポイントに選手は喜ぶわけです。自分もコートに入って戦ってみればわかると思いますが、誰も相手のミスにメチャクチャ喜んで自己表現をしてるわけではない事ぐらいわかって欲しいものです。みんな選手は自分の取ったポイントに喜んでるのですから。

 自分のとったポイントにたいして喜びを表現してはいけない、などとは書いていないつもりですが・・・ 要はその表現方法の問題をうんぬんしている訳です。 現実にコートに足をはこび目にしたこと、感じたことをかいているわけでなにも杓子定規にすべてがいけない、といっているわけでないのですよ。いうまでもないことだとおもいますが。

 たしかにミスにもいろいろなパターンがあります。当然それをふまえたうえでの話しです。.実際にトップレベルの選手たちというのはマナーがいい選手ばかりで、下にかいたような言動をみせる選手はほとんどいない。しかしいないこともない。だから非常に目立つ。それをどう言う了見か肯定的に見る人もいる。メンタリティがひくい、という他はないですね。

 無用な議論をさけるために具体的に書いてみましょう。ラリーのすえ一方のペアがネットするなり、アウトするなりしてポイントを失う(これがアンフォースドエラーかどうかはほとんど問題ではありません)。ポイントを得たペアはお互い歩み寄り、握手して、お互いに自分たちの幸運をよろこびひかえめにガッツボーズをとったりラッキーなどという、これなら特に、好みの問題を別にして、問題ないでしょう。しかしどうかするとミスした相手のほうにあゆみより、こぶしをふりあげたり、「儲けた」と(相手にむかって)大音声をあげたり、堀内孝雄よろしく「ありがとううう」と絶叫したりする。これはやはりマトモとは思えない。尋常な光景ではない。こういう光景に違和感を感じないとしたら、どこか歪んでいるとしかいいようがない。

日本人はともするとスポーツを神聖視しすぎ?

投稿記事Posted: 火 1 03, 2006 12:01 am
by ちー助
日本人はともするとスポーツを神聖視しすぎ?
マナーについての「通りすがりのもの」さんの反論にも一理ありと思います。 相手ミスなどによるポイント、つまりは自分たちのクリーンショットによるポイントでないので「ラッキー」であり、「もうけた」わけです。その気持ちを声にすることで自分自身を奮い立たせ、次の1本を頑張ろうというのではないでしょうか? 言われた側も「しまった」とは思っても、こうした掛け声(気合い)で傷つくというようなものではないでしょう。

 私自身は永年硬式・軟式野球の選手、監督を経験してきましたが相手ミスを野次るのは、ソフトテニスの比ではありません。純粋(?)そして教育の一環(?)を標榜する高校野球も同様です。ママさんテニスならいざ知らず、真剣勝負の場ではルール違反でない限り気合いの掛け声(ラッキー、もうけたの類でも)などは責められるものではないと思います。 先のサッカーW杯ではルール違反ですら、ある意味では戦術として容認されている雰囲気もありました。勿論、全ての競技を同一視するわけではありませんが、日本人はともするとスポーツを神聖視しすぎなのではないでしょうか。それこそ、学校体育のレベルにとどめておいて欲しいと考えます。

Re: 日本人はともするとスポーツを神聖視しすぎ?

投稿記事Posted: 火 1 03, 2006 12:03 am
by webmaster
ちー助 さんが書きました:真剣勝負の場ではルール違反でない限り気合いの掛け声(ラッキー、もうけたの類でも)などは責められるものではないと思います。 先のサッカーW杯ではルール違反ですら、ある意味では戦術として容認されている雰囲気もありました。勿論、全ての競技を同一視するわけではありませんが、日本人はともするとスポーツを神聖視しすぎなのではないでしょうか。それこそ、学校体育のレベルにとどめておいて欲しいと考えます。

 真剣勝負の場ということばがでてくることこそがスポーツを神聖視していることにはなりませんか?テニスはどこままでいっても所詮ボールゲームです。命を賭けて戦う(真剣とはそういうことですよ)ものなどでは断じてない。お互い気持ちよく汗をながしたいではありませんか。ただそれだけのことです。

 野球の野次は真に唾棄すべき存在です(なかでも高校野球がもっともひどいのでは)。高校野球にはじまるアマチュア野球こそ、ふるくから現在にいたるまで神聖視されてきて、その度を越した異常な価値観のもとでおおくの犠牲?がでたことをわすれてはいけません。そのゆがんだ精神は他の競技にも多大な影響をあたえています。もちろんほとんどが悪い影響です。話しがそれましたね。

 サッカーに関してはルール違反を容認しているとの見方は一面的です(日本がそういう方向にあるのはたしかなようで嘆かわしいですが)。たとえばイングランドのようなフェアプレーはきっちり尊敬されています。

 ちー助さんは「サッカーW杯ではルール違反ですら、ある意味では戦術として容認されている雰囲気」を肯定的にみられているとの感じをうけますが、ジュニアの指導にかかわっている人の発言とはにわかに信じられないのですが・・・ルールの遵守はスポーツを行う際、いや社会生活をおくるうえで、もっとも基本的なことではないでしょうか。ルール守ることを青臭いとジュニアの指導者がもし本気でいうとしたら全く世も末です。

 たしかに先のワールドカップでは審判のみえないところでのラフプレーがテレビにはっきりうつっていてそれは見苦しかった。ラフというよりは暴力行為としかみえないものも多数あり、それを容認するというのは私には理解できません。テレビ中継の解説者もほとんどそれにコメントをしなかった。あの化け物のような視聴率をかんがえるとその影響ははかりしれないでしょう。

 ラッキーとか儲けたというのはこのましくはないものの下の「通りすがりのもの」さんへのレスにかいたとおり程度の問題です。なにもすべてがだめだといっているわけではありません。度を越した行為(相手のミスに相手にむかってこぶしをつきあげるといった)を問題にしているわけです。

「学校体育のレベルにとどめておいて欲しい」とありますが、過剰な声だしやバッドマナーは学校体育の現場である高体連の大会や中体連の大会でもっともみられるという悲しい現実があります。スポーツを神聖視する必要はどの段階でも必要ありませんが、すくなくともフェアにやってほしいですね。