フラットとドライブの間
PART-1
FILE NO.0201

 大会二日前のこの日,朝8時過ぎに広島市中央庭球場に到着すると,数カ国の選手達が既に会場に到着していた.韓国女子選手達はウォーミング・アップを始めていた.
 昨年のアジア競技大会から一年,多くの選手交代があった.特に台湾では大幅な選手の入れ替えがあって,しかも今大会出場者の多くが国際大会初出場であるという構成になっていた.いずれにしても,情報不足で不気味な存在の選手達に対して,ある程度の実力は練習で把握できるはずであった.そんな中この日最も注目を集めたのは,他でもない韓国選手団であった.10月24日に来日していた韓国選手達は,ようやくその片鱗をこの日本で見せることができていた.

 日本選手団関係者から聞かれる言葉は,「ここ数年の間で,これほどまでに状態のよい韓国選手が来日しているのは初めて見た」といった類のものだった.恐らくそれは,2000年佐賀で開かれたアジア選手権や翌年大阪で開かれた東アジア大会と比較してのことに違いない.確かに,苦手とされていた日本製ボールを使っての乱打では,そんな雰囲気を全く感じさせないハードな乱打を男女とも続けていた.

 特にバックハンドは,来日していた男女12名の選手全員が完璧ともいえるフラット打法注)を身につけていて,技術力の高さを見せつけていた.例えば,国際大会初出場である女子の朴鐘淑--Park Jong-Suk--のフォアハンドはややシュート回転気味に飛んでいくという特色を示していたように,フォアハンドでは打球されたボールに幾らかの選手毎の個性が感じられたが,バックハンドから打球されたボールの軌跡には,12人とも同質であるという印象を与えられた.しかし,それが没個性であるというイメージを感じることはなかった.没個性であるというよりは,現時点でのバックハンド・ストロークに対する突き詰められたひとつの答えを,選手全員が備えているといった印象であった.それは,我々が普段見慣れている国内選手とバックハンドにおけるレベルの 差がとくに顕著にあられわれ,その仰ぎ見るような高さが同質と感じさせた,ということかもしれない。

 またネット・プレーヤーにしても,ベースライン・プレーヤーと対等に乱打を打ち合い,どちらがベースライン・プレーヤーなのか分からなくなってしまうほどであった.特に,金明希--KIM Myung-Hee--(ネットプレイヤー)の膝がよく曲げられた低い打球姿勢は,見事としかいいようがないほどに美しかった.

 韓国選手のストロークは,フラットであった.それに対して多くの日本選手のそれはドライブであった.両者のボールの飛び方には,決定的な違いがあった.ネット上をやや高めに通過していくドライブに対して,韓国選手達の打球したボールは,ネットすれすれを通過しながらも,深くベースライン付近に着地していた.そしてそれは,ラケットから飛び出すボールの質の違いを意味していたはずであった.明らかに韓国選手達のボールの質は高く,特にクレー・コートではその威力を発揮していた.

--->金英淑のフォアハンド

--->呉成栗のフォアハンド

 とにかく速くて,深く,そして低い弾道なのだ.そして,ネット・プレーヤー達はこの低い弾道を描く速いボールに対応するのは困難であったはずだ.ネットすれすれに飛来してくるこの高速ボールをボレーするためには,ネット近くに詰めた状態でインパクトを迎えなければならない.少しでも離れていればネットになってしまう恐れが高かったのだ.ネット・プレーヤーである劉永東--YOU Young-Dong--(右画像→)は191cmもの身長があるが,ネットすれすれのボレーもほれぼれするほどうまい.低い弾道のボールを韓国国内で常に意識できたからであろうか.

 極限のフラットであるのに,ボールの飛行における高度な安定は驚異だった.韓国製ボールは,柔らかく,変形性に富み,扱いはやっかいであるといえるが,柔らかいというソフトテニス最大の特長を活かすことができるボールでもある.しかし反面、反発力にかなりの遜色があり、有効打を打球するためには,厚くそして正確に,しかもパワフルに打球することが必要だ.そしてそのためには,ドライブではなく,フラットが必要なのだろう.柔らかなボールを考えれば,彼らが採用していたフラットという考え方は最も重要であると思われたし,計らずも高反発の日本ボールにおいてもフラットの意義は変わらなかったし,さらに威力を発揮しているように思われたのである.

 そんな光景を見ていると,ボリス・ベッカー --Boris Becker--や ゴラン・イワニセヴィッチ --Goran Ivanisevic--,今年(2004)ウインブルドンベスト4のマリオ・アンチッチ--Mario Ancic--のコーチでもあったボブ・ブレッド--Bob Brett--が来日した際に,ジュニア世代の選手達に盛んにフラットを強調していたことが思い出された.テイク・バックで大きな体のひねりを使って打球しようとする選手達には,軽いシフト・ウェイトをアドバイスする程度で特に何も強調することがなかったが,インパクトでのフラットには同一人物であるとは思えない程に口やかましかった.フラットができない選手には執拗なくらい単純な繰り返し練習を行わせ,激しい言葉を投げ付け,中には泣き出しそうになってしまうような選手がでてしまうほどであった.ボブ・ブレッドはフラットにこだわっていたのだ.現にその会場に来ていた日本を代表する鈴木貴男がボブ・ブレッドと乱打を行っても,明らかにボールの飛び方が異なり,低い弾道で飛行するボブ・ブレッドのボールは,彼よりも遙かに若い鈴木を押し込んでしまうほどであった.鈴木はドライブであったが,ボブ・ブレッドはフラットで打球していたのだ.

 近頃日本の大学生の試合などを見て強く感じることは,極端なドライブ依存型のストロークが目立つということだ.ほぼすべてのストロークを,ラケット面でボールをなめるようにして打球するのだ.回転量が多く,伸びを欠いたボールを打球するのだ.このようなプレーヤーに共通してみられる現象は,調子が悪いときにドライブに活路を見出そうとし,より回転量の多いストロークを試みようとすることだ.まさに“ドライブ依存型”だ.このことから考えられることは,フラットという概念を,その存在すら知らず,ドライブでしかストロークは行えない,ドライブでないとボールが落ちない,といった理解しか得ていないということだ.極端な理解しか得られていないから,ドライブに頼ろうとするし,そこにしか活路を見出すことができない.
 この背景には,ドライブ偏重の指導と用具開発の影響があることは間違いないだろう.もし,かつて使われていたウッド製のラケットを現代の若い選手達が使ったとしたら,アウトばかりになってしまうのではないだろうかと思われるくらいに,雑なラケットの使い方をする選手が多い.本当にラッキーな打球をしている選手が多い.だから,「そんなの昔ならアウトだよ」という声が聞かれるのではないのか.それくらいネットの遙か上を通しているし,ラケットの性能に依存しているのだ.高校野球で活躍したスラッガーが,プロ野球で木製バットを使い始めると,バットの芯でボールをとらえることができず,いつの間にか姿を消してしまうような話はよく耳にする.道具に依存することなく,高い質の打球を行えることが,今こそ必要なのではないか.今後,究極的なゲームが展開される国際大会で勝つことができるような選手を育成していくためには,「ドライブ偏重」を改め,フラットを促していくことを考えねばなるまい.[part2へ続く]

補足

 ここでいうドライブは順回転のかかったドライブボール、つまり、トップスピンドライブのことを指す。本来、ドライブという言葉には回転という概念はない。順回転を表す場合は、『トップスピン・ドライブ』と、本来なら、いわなければならない。逆が、『アンダースピン・ドライブ(あるいはバックスピン・ドライブ)』である。アンダースピン・ドライブはスライス(あるいはスライス回転)と、日本では、一般的にいわれている。ところが、スライスもドライブと同じで回転の方向を表す意味をもっていない。スライスというのははラケット操作方法を表している。

 ドライブといって順回転を表したり、スライスといってアンダースピンを指したりすることが、間違いというわけではない。慣用的な言い回しとして、すくなくとも日本では、硬式界でも軟式界でも、浸透しているからだ(海外では通用しない)。ただこの慣用が混乱をもたらしていることも事実であり、そのことを認識しておくことは重要ではないだろうか。そのもたらされた混乱についてはPART2の補足でやります。

 

フラットとドライブの間 PART-1

次回 「フラットとドライブの間 PART-2」 はこちら

国別対抗ドミニカ戦に向う韓国男子