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 シングルスではボールが飛ばないながらも圧倒的な体力レベルの高さを示した朴英姫と,圧倒的な打球力を見せた玉泉,この二人にとってダブルスは重要な位置づけにあったはずだった.まだダブルスでの優勝がない朴英姫と,明らかにダブルス向きのグラウンド・ストロークをみせ絶好調である玉泉,二人ともダブルスでの栄冠を狙っていたはずであった.

玉泉春美

 玉泉は,しかしながら,苦戦を強いられることになった.不調であったわけでなく,寧ろ好調さを持続しながらも苦戦を強いられていた.玉泉・上嶋組はシード・ペアであったので,2回目の試合である3回戦で,中国のDai Ting-Ting・Song Ying組と対戦した.Dai Ting-Ting,Song Yingともにベースライン・プレーヤーであった.この試合上嶋は明らかに自分を見失っていた.前半にイージー・ミスを犯すと,ロビングで頭上を通され,ゲームに全く貢献できていなかった.

 しかし玉泉は,そんな上嶋に気兼ねすることなく,かたくななストロークを続けた.そこには,戦略のかけらも存在しないような強烈な雰囲気と自己主張が感じられた.玉泉は,何故か中国女子チームのエース格であるDaiと打ち合い続けたのだ.それも,上嶋が自らを失ってしまって少しのミスも許されないような雰囲気に包まれながらも,全く手をゆるめることなく攻撃的なフォアハンドを続けていた.中国女子チームにとってエース格であるDaiとのストローク戦よりは,Songを相手にするのがセオリーであろう.しかし,玉泉はほとんどのストロークをDaiと打ち合ったのだ.昨年釜山でみせたほどの早いタイミングはないものの,相手を圧倒する打球力で切り返していたのだ.

 Daiと打ち合うことが作戦であったのかどうかは分からない.しかし完全に自分を失ってしまっていた上嶋には,DaiもSongもさほど代わり映えしなかったように思えた.敢えていうなら,昨年のアジア競技大会にDaiは出場していたから,上嶋はDaiに違和感を覚えることがなかったのであろうか.しかし,打球技術でSongを上回るであろうDaiを相手にすることは,もしこれが作戦であるというなら,相当にリスキーな作戦であったはずだ.

Dai Ting-Ting

 そしてゲームは,圧倒的な打球力を示す玉泉に対して,Daiはその打球力を封じ込めるべく高度なテクニックを駆使していた.柔らかな上肢,特に優れた手首の使い方から高速ロブが飛び交い,流石の玉泉も苦しい状況に追い込まれていた.そしてDaiは,更なる攻撃をみせた.昨年釜山で何度も繰り返しながら今大会では封印していた,クロスへのアングル・ショットを放ったのだ.そして返球されたボールをストレート・ロブで切り返していたのだ.明らかにオープン・スペースを意識した高度な作戦であった.そしてさらに,ストレートへ返球されたボールに対して,そのままネット・ダッシュからスマッシュを試みていたのだ.逆クロスへスライスのツイスト・ショットを放って,その返球をストレート・ロブで攻撃したり,Daiはオープン・スペースへの攻撃という新たな姿をみせていた.ゲーム・カウントは4-2で中国ペアがリードしていた.

上嶋

 そんな状況でありながらも玉泉はただひたすらにDaiと打ち合い続けていた.玉泉の放つ打球も徐々に角度がつかなくなって,正に追い込まれようとしていた.ところが,7ゲーム目になって中国ペアの攻撃にミスが出始めると,中国ペアは急に手づまりな印象を与えるようになってきた.追い込みながらも,何故か手づまりになってきたのだ.そしてマッチ・ポイントをしのいだ玉泉は,7ゲーム目のゲーム・ポイントを奪うと,ようやくSongに向かって打球したのだ.アドバンテージ・サイドでのストローク戦から,ストレートへノータッチ・エースを奪ったのだ.Daiとの打撃戦が続く中,Songのポジションがややミドルになっていたのだが,玉泉はストレートへウィニング・ショットを放ったのだ.

 玉泉がそのようなウィニング・ショットを狙っていたのかどうかは分からない.だがそのショットは,圧倒的なストローク力の違いをみせつけることに成功していた.ゲームは完全に日本ペアのペースになってしまったのだ.そしてファイナルになると,玉泉はミドル中心のストロークに変更し,中国ペアのミスを誘い,あっけなく日本ペアの勝利で終わってしまった。

 玉泉はシングルスでDaiに完勝していた.だからなのだろうか,あまりに月並みだが,Daiと打ち合い続けた玉泉からは彼女の意地しか感じられなかった.こだわりというにはあまりにリスキーなゲームであったし,不器用な印象すら持つほどであった.

 玉泉・上嶋組は,次の朴鐘淑・李善美組との対戦も,前半リードされるという展開であったが,ゲーム・カウント5-2でしのいでいた.それに対して,朴英姫・金明希組は順当に決勝に進出していた.

女子ダブルス決勝での朴英姫・金明希(左)と玉泉春美・上嶋亜友美
金明希
 そして,玉泉と朴のクライマックスがやってきた.二人のクライマックスは,国別対抗ではなく,ダブルス個人戦決勝に訪れたといえた.国別対抗戦で韓国女子チームは,朴英姫・金明希というエース・ペアを崩して,朴英姫・張美花というペアで日本との対戦に臨んでいたからであった.結論から先にいってしまえば,国別対抗戦が行われた前日の個人戦ダブルスでは,朴英姫・金明希が優勝を果たしていて,ネット・プレーヤーでは金明希の活躍が目立っていたし,その活躍ぶりは大会No.1であるともいえた.だから最高の対戦は個人戦ダブルスで実現していたといえたし,それこそがクライマックスにふさわしいともいえた.
 苦戦を乗り越えてきた玉泉・上嶋組にしてみれば,苦戦したというイメージを払拭することがまず必要であったし,逆にそれさえできれば,玉泉の好調さからして勝機をつかむチャンスを大いに高めることができたはずであった.これに対して朴英姫は,ひとつの解答をもって決勝に臨んでいた.

 好調であるならば玉泉にも劣らないであろうはずの自らの打球力を封印して,ほれぼれするほどのロブを使って玉泉の打球力を封じこめながら,金明希の活躍を引き出していたのだ.日本人ネット・プレーヤーにとって大きな課題ともいえたスマッシュを見透かしたように,ロブは上嶋の頭上を滑らかな軌跡を描きながら越えていった.そして金明希は,朴から放たれたロブに呼応するかのような見事に調和した動きをみせていた.これが朴英姫の出した答えなのだと気がつくまでに,それほど時間はかからなかった.

 もともとロブが打てないわけではないことは分かっていたが,練習では厚い面から高いロビングを多用することが多かった.しかし決勝では高速ロブを多用していた.それは見事な変身ぶりであったといえたし,その変身ぶりは誰をも驚かせたに違いなかった.結局玉泉は,打球力を完全に封じ込まれ,活路を見いだせないまま終わってしまった.朴が体調不良であるという情報をつかんでいたが,そのことだけを考慮しての選択とは思えなかった.対戦相手の特徴を封じ込めながら,どうやって好調であった金明希の活躍を引き出すか,そのことがテーマであったはずであった.朴の選択はそのことに成功していた.

 翌日に行われた国別対抗準決勝の初戦で玉泉と朴は再び対戦することになった.この時は天候が悪くなりつつあり,それを気にしたのか朴は有効打を放つことができなかった.それ以上に玉泉の勢いが上回っていたともいえたが,玉泉は雪辱に成功していた.

 だがやはり気になって仕方がなかった.玉泉は確かに釜山以降も進化を続けていた.それは間違いないだろう.しかしそれにしても今回の玉泉は,あまりに一途であり続けた.不器用なまでに一途であり続けた.しかし,一途であり続けるテニスが,玉泉が昨年の釜山で学んだことであろうか?技術的には,フォアハンドに対して見劣りするバックハンドは大きな課題であるし,まだまだ成長途上にあることは間違いない.彼女の一途さは現在のフォアハンドを手にするにあたって不可欠であったに違いない.それはひとつひとつの技術を手にするにあたっては確かに有効であり,不可欠に違いない.だがそれとともに,柔軟な対応ができないのではないだろうかという危惧を抱かせるものでもあったし,Dai戦や朴戦はそれを証明していたように思われてならなかった.玉泉が目指すべき理想像は,一体どこにあるのだろうか・・・.それを彼女自身がつかんでくれていることを願わずにはいられない.

 朴英姫は大会会場では寡黙を貫き通した.「アニョ・ハセヨ」と声を掛けても彼女から返事はなかった.国別対抗戦で優勝したときに"Congratulation!"といっても,金明希は小声で"Thank you."といってくれたが,朴はやはり無言であった.今大会で引退が確実視されている金明希は,フェアウェル・パーティーで髪を振り乱して踊り(→),若い朴鐘淑や李善美が困惑してしまうほどであった.しかし朴英姫は,パーティーでも何かを崩すまいとするかのように,うち解けた感じをだすことはなかった.それは彼女が勝つためには必要な態度であったのかもしれなかった.しかし,あの試合でみせたような変身ぶりを真に身につけるまでには,まだまだ経験から学ぶべきことがあるように思われた.彼女が韓国国内だけでなく,諸外国の多くのソフトテニス・プレーヤーやファン達に尊敬されるだけの品格を見てみたいと思うのは,何も私達に限ったことではないだろうから.
経験という財産 了

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