FILE NO.0502
その2

 カザフスタン・チームは,危ういところだったはずであった.大会前日の練習を見ているとどこか違和感を覚えたので,この違和感はいったいどこからやってくるのだろうと考えていた.シングルス・ゲームを行っているのだが,コート半面しか使っていないのだ.
 今大会では,特例的措置がとられていて, シングルスでは2004年度から適用予定の新しいルールが採用されることが決まっていて, シングルスは硬式テニス同様のテニスコートが使用されることになっていた. 恐らくカザフスタン・チームの選手達はそうした事情を知らされていないのではないだろうか,そんな危惧が沸き起こってきた.
ウエルカムパーティでのカザフスタンチーム.左からGorodetskiy Vladislav / Michshenko Anatoliy / Milushev Rustem1人おいてStanislav Yemakov。オレンジのユニフォームはキリギスタンから参加したBeliaev Nikolay
 ゲームを見ている選手に「すみません.誰か英語を話すことができる人はいませんか?」と尋ねると,横に座っていた男子選手が,どうかしたの?といった顔つきでこちらを振り向いてきた.今大会のシングルスではルールの変更があったこと,硬式テニスのルールに限り無く近付いたことなどを話してから,それらのことを知っているのだろうかと尋ねてみた.危惧された通り,カザフスタン・チームは新ルール適用を知らなかった.少なくともその認識はなかったのだ.その後ゲームを行っていた選手達もやってきて,少し騒動になってしまったが,一番慌てていたのは通訳の女性であった.「どうしたらいいのでしょうか?」と懇願するような顔つきで尋ねてきたのだ.とにかくチームの全員がルール変更の内容を正しく理解することが先決であったので,大会事務局に行ってみたらどうだろうかと話してみた.その後通訳の女性を交えて選手達はルール変更の説明を受けることができていた.

 その晩開かれたウェルカム・パーティーでカザフスタン選手に新しいルールはどうですか?と尋ねてみると,意外にも「それがどうかしたのか?」といった様子であった.つまり,日常的に硬式テニスに親しんでいる彼女ら・彼らにとっては,シングルスでのルール変更は親しんでいるスタイルになるのだから,寧ろありがたい上に分かりやすいということであった.あれ程慌てていた通訳の女性も,やけに余裕綽々としていたが,その理由が一気に理解できた.ルール改正を知らなかったのはカザフスタン・チームだけであったが,大きな問題にならなかったのは不幸中の幸いということであろうか.そして,大騒ぎにならなかったことを考えていると,何となく大陸的なおおらかさに触れた様な気になった.

Divina Escala
PHI.

 昨年の釜山で僕達は,フィリッピン・チーム選手達と交流会を持つことができていた.コーチに「ディナーを御一緒しませんか?」と提案すると,快く承諾してくれたのだ.
 2000年に佐賀で開かれたアジア選手権の際に,東南アジア諸国の選手に話を聞く機会があったが,「夜はどうやって過ごしているの?」と訊いてみると,ホテルに缶詰め状態になっているということだった.物価が高いので外出は憚れるということであった.しかしホテルにいたところでテレビはただつけたままで,どうも退屈な時間を過ごすしかないというのが実情のようであった.釜山では,ほとんどの選手達は選手村に滞在していたが,程度の差こそあれ選手村でも変わりはないだろうと想像していた.
 だから広島でも,できればどこかの国との交流ができないものだろうかと,思案していたのだ.それが僕達にできるひとつの国際貢献であるとも考えていたのだ.大会スケジュールがタイトで,残念ながら交流会は実現しなかったが,J.パグヨは「ランチを一緒に食べましょう」と言ってくれ,逆にこちらが感謝の思いに包まれてしまった.スケジュールが本当にタイトであったため,このランチも実現には至らなかったが,デビーナ・エスカラ---Divina Escala---に「あなたはフィリッピン・チームのNo.1応援団ね」と言われてしまったこともあって,しばらくフィリピン・チームの観戦を続けることにした.

Nuguit Samuel
PHI.
Deleon Jr. Wenifredo
PHI.
 大会が始まると,残念ながらフィリッピン・チームは自らの弱点を露呈するという展開になってしまった.

 昨年の釜山では緻密さを感じさせたグラウンド・ストロークに,いささかの進歩どころか,後退すら感じてしまった程だった.
 フィリッピン・チームには,アンダー・カット・サーブを行っている選手が数名いた.アンダー・カット・サーブを採用したのだ.そのように考えることは彼女ら・彼らにとって前進であると捉えることも可能だろうし,これまでの国際大会での学びを具体的に活かそうとする試みでもあるのだろう.
 しかし残念ながら,サーブに意識を集中し過ぎてしまったのだろうか,ストローク全般にわたって,練習が充分にできていないのではないだろうかという疑問を感じないわけにはいかなかった.

Petrona Bantay
PHI.
Josephine Paguyo
PHI.

 ペトロナ・バンタイ---Petrona Bantay---は昨年鋭いフォアハンド・ドライブを見せていたが,その鋭いドライブで相手を押し込んでいこうとするような姿勢は見られなく,質の高い打球を目にすることはできなかった.ジョゼフィン・パグヨにいたっては,昨年程の緻密なストロークを見せるどころか,完全に後退してしまったという印象すら与える程であった.
 J.パグヨは主にシングルスに出場していたが,自らウィニング・ショットを放つことは稀で,相手のミス待ちという姿勢を全面に押し出すようなゲームを続けてしまっていた.'95年に岐阜で行われた世界大会の頃の彼女は,1ポイント取るのに数分掛かってしまうというような恐ろしくつまらないゲームを行っていたが,それに匹敵するような雰囲気を感じさせる程であった.
 ルール改正の影響なのだろうか,そんなことをずっと考え続けてみたが,寧ろこの大会にJ.パグヨが選手として出場していること自体が酷なことであったのかもしれない.昨年釜山で完全に引退宣言を行っていたJ.パグヨ,洗練されたプレーヤー象を取り戻すことはもうできなかったのだろうか,そう考えた方が彼女に近づけたように思えたのだ.

Che Qi / Chen Guang Yue
CHN.
Song Ying
CHN.
 フィリッピン・チームに対して抱いた同様の印象を,不思議なことに中国チームに対しても抱くことになった.
 中国男子選手は昨年から全員が,女子もDai Ting-TingとJiang Ting以外すべての選手が入れ代わってしまっていたので,それなりのレベルを維持してはいたものの, チームのレベル低下はやむを得ないところだ.だが気になったのは,ゲームを行う上での基本方針のようなものが感じられなかったことだった. たとえ勝てなくても,強烈に脳裏に刻み込まれるような,そんなプレーが見られなかったからであろうか.
 確かにDaiは洗練されたイメージを与えたが,昨年釜山で見せたクロスのアングル・ショットに感じた強烈な自己主張は感じられなかった. Daiは確かに上手くなっていたと思うし,中国の選手達は成長過程真っ直中の選手ばかりであった. だが何故だろうか,彼女ら・彼らにワクワクする感じを抱くことはなかった.

 試合の合間に行われるトスを待つDaiに,昨年釜山アジア競技大会に出場していた選手達のことを訊いてみた.
Zhang Dan
CHN.
 昨年のフェアウェル・パーティーでは,男子のZhang ZhuoとRen Changshengにノートとペンを使って筆談したことがあった. 彼ら二人のことを「最上級選手」と書いてみたり,「次年度広島再来?」などと幼稚な手段でなんとかコミュニケーションを取ってみたのだ. 彼らのネットにガンガンつめるプレー・スタイルには大きな未来を予感させたが, 昨年出場していた選手達はもうソフトテニスを行っていないとDaiは言っていた. これまでの中国選手の入れ代わり方を考え,中国関係に詳しい方の話を総合してみると, どうも中国選手の場合ソフトテニスは原則として4年しか国家代表としてプレーできないようであった. それ以上の期間プレーができる唯一考えられる条件というのは,恐らくアジア競技大会優勝しかないのだろうかと推測された.
 もう既にプレーしていないという現実を耳にして,Daiに「我望君最良成果」と書くのが精一杯であった. Daiはこの言葉を理解してくれ,"Thank you."と答えてくれたのが,大きな救いであった.

 フィリッピンも中国も,ソフトテニスに必要な肝心なことを見落としてしまっていたような気がした.硬式テニスの技術や考え方は必要だ.カットサーブも必要な技術だろう.だがそれだけにとらわれていても,中途半端な印象ばかりを与えてしまう.ソフトテニスも他の球技同様ボールを「打つ」ことから始まる.そしてソフトテニスには,いくつものボールを「打つ」場面が存在する.だから,どんな場面を練習で想定しているのか,どのようなイメージで勝つことを想定しているかがチーム・コンセプトの礎になるはずである.それがフィリッピンにしても中国にしても,妙にアンバランスであったように思われてならなかった.もっと単純に,質の高い打球をもとにしてアドバンテージを取ることを優先的に考えることはできなかったのだろうか.
しかし中国はこれからのチームであるし,フィリッピンのカットサーブは,寧ろチャレンジとして捉えたい.彼女ら・彼らには,この大会の中に必ず学びがあるはずだからだ.

   
牙 いくつかの流儀1 了