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| 劉永東と中堀。ヨンドンが目を瞑っているのが残念だが、のせないわけにはいかない。中堀はヨンドンに何度も来年もやろう、といっていた。ヨンドンの引退を惜しむのはライバルである彼もおなじだ。 |
彼(劉永東)が望んだ中堀・高川との決戦は、国別対抗の準決勝で実現した。
この日は午後から雨の予報であり、今年の夏、ことごとくはずした天気予報はこのときばかり、正常に機能し、日本vs.韓国にあわせるように、しとしととふりはじめる。この雨があと一時間おそければ、ゲーム開始が一時間早ければ、たとえ今のヨンドンでも、素晴らしいゲームになったに違いない。
後衛がまるで強打できない最悪の状況下でゲームはすすむ。
李源學はようやく日本ボールに適合しだしたところだったが、この雨でまったくテニスを見失う。
彼は今回も日本ボールを持て余し気味で、スピン量を増やすことでようやく対応していた。これは雨で不安定なこの状況には最悪の結果をもたらす。
李源學は完全に無力化した。李はどうみても不器用なタイプである。佐賀や大阪では(球離れの早い日本)ボールが持ち上がらず苦労した。
今回はかなりマシだったが、扱いかねている状況が完全に改善されたわけではない。
そこにこの雨である。それをなんとかカヴァ−すべく李はバズーカサーブを連発するが、ことごとくフォルト。
別に日本ボールだからではない。韓国国内でもそうなのだ。バズーカとはそうしたものなのだ。とくに劣勢下では確率は極端に落ちる。リードして相手に決定的なダメージをあたえるとき、ゲームが一進一退で競り合い先がみえない状況で極端に集中しているとき、こういうときにバズーカは飛躍的に確率があがる。
いまだに日本ボールでは無理なんていっている人がいるが、大学王座での大邱カソリック大学はどうなるのだ。
馬鹿も休み休みいえ!! ただ今回李源學が放ったのは、いわゆるバズーカらしいバズーカではないので、気づいたひとはすくなかった(めちゃくちゃに速かったが)。
誰か金煕洙を呼んでこい!?
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| 男子国別対抗 日本vs.韓国 試合前の挨拶。 |
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中堀・高川(向こう)vs.李源學・劉永東が始まったところ。
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ゲームはすべてヨンドンにかかってきたのだが、彼の現在の状態ではこの局面を打開するのは不可能だった。いやどの前衛だって不可能だ。ただひとり往時の劉永東を除いては...
通常のヨンドンなら、これでも勝ったといいたいわけではない、というか絶好調のヨンドンでも李源學がこの状況で勝つことは難しいだろう。いい例が、4年前の世界選手権の国別対抗決勝だ。台湾ボールと、よくとまりよくはずむサーフェ−スに決定的に違和感のあった田絃基を、さすがの、当時全盛といっていい、ヨンドンもカヴァ−しきれなかった。あの時と状況は酷似している。いや客観的状況はこちらのほうがわるい。広島のこのよく整備された美しいクレーコートはすでにマトモにテニスをできるような状況ではなかった。傘が必要な雨だったのだ。ワンプレー毎にボールをぬぐわなければならなかったのだ。
ちょっと話しはそれるが、砂入り人口芝の席巻は雨に対して、人々を鈍感にしたのでないか。2年前の東アジアのダブルスでもテニスコート的にはほぼどしゃぶりといっていい状況で個人戦ダブルスの予選を何とスケジュール通り時間割り通り強行した。コートに水のうくような、水たまりのできるような状況だったのだ。あまりの雨に延期に違いない、とコートにこなかった人もいるぐらいだった。
まあ今回は、いくらクレーだってこれぐらいの雨だったらプレー続行は当然かもしれない。そんなことはわかっているつもりだ。しかしこれは県大会ではない。国際大会の最大の山場、しかも中堀・高川vs.劉永東という超プレミアムなカードなのだ。最高の条件で、いやすくなくとも普通の条件でみたかった、やらせてあげたかった、というのが本音だ。
中堀も雨に制御機能の大半をうしなっていたのだが、その中において最高のテニスをした。 攻められるボールをきっちり攻め、同じかたちでボールをひきつけるだけひきつけそこからの深いロブでゲームをすすめる。
とくに2、3ゲームめのヨンドンへの攻撃がゲームを決めた。雨のなかボールの状態は秒単位(いやそれ以下)で変化する。 しかしラリーの浅いうちなら、強打してもなんとかコートにおさめることが可能である。
その少ないチャンスにきびしくヨンドンをせめつけ、後半、彼をネットにくぎづけにした(それでもヨンドンはベースラインまでロブを追った。
しかし叩けなかった--2本--。あんなヨンドンをみるのははじめてである。ねらわれたらお終いだったのだ。中堀のロブがこれまた限界まで深かったのだが・・・)
高川の早め早めの勝負もつけいる空きをまったくあたえない。
中堀は大会を通してはもうひとつだったのだが、ここで彼がみせたのは、驚嘆すべき集中力であり、技術力だった。数々の修羅場をくぐってきた経験が最低の条件下において極限まで発揮されたのである。国際大会における数々の彼のキャリアのなかでも、ある意味最高峰のパフォーマンスだったのではないだろうか。それは今の中堀だからこそ、といえる大人のテニスだった。高川も含めて、若さとか勢いとかでは決して成し遂げられない至高のテニス、月並みな言葉で恐縮だが、円熟の境地をそこにみたのである。
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