『時代は変わる』  金耿漢引退!!

 

ミックスダブルス金智恩・高川戦での金耿漢。予想通りのキョンハンショーになった。
本人から是非掲載を、とたのまれた、奥様との1枚。
国別対抗準決勝、対日本、3番勝負前の韓国ベンチ。余裕と緊張の両方がみてとれる(李が笑っているのがすごい?)。右端が金耿漢。実際の試合では唖然とするような実力差をみせられ、かえって凡戦になったが、彼らのせいではない。

 金耿漢--KIM Kyung-Han キム・キョンハン--(キュンハンというよりはキョンハンと聞こえる)は今回の世界選手権で現役をひくかどうか、迷っていると聞いていた。はっきり引退と本人から聞かされたのはフェアウエルパーティーの時で、ヨンドンの引退でどんぞこまで落ち込んでいた我々はさらに奈落に突き落とされ、目の前が真っ暗になった。一緒にそれを聞いた友人は泣き出してしまったほどである。廖南凱が引退、葉育銘が引退、劉永東が引退、金耿漢が引退。たった一ヵ月の間になんとおおくのものをうしなってしまったのか。すくなくとも僕のテニスへの興味の大部分が突如消え失せてしまった気がする。時代はかわりつつあるのか?

葉育銘最新画像。10月におこなわれた台湾国体より。この大会を最後に大きな試合にはでることはないだろう、とのこと。 タイプは違うが劉永東と肩を並べる実力の持ち主だったと思う。その力はこの国体でもひかっており、引退は早すぎる。遅咲きのひとなので、活躍の場があまりにもすくなかったのが残念。知る人ぞ知るという存在のまま一線をひくことになった。1998バンコクアジア五輪国別対抗日本戦での2試合(2勝)。1999世界選手権同じく国別対抗対日本の中堀・高川戦、この3試合だけで永遠に記憶されるべき名手中の名手だ。

 広島アジア五輪の時にも今考えると大きな転換があった。あの色んな意味で歴史的な大会を機に黄金時代を築いた大選手がつぎつぎとコートを去っていった。それと同じことが今またおきているのか。ただあのときはもっとゆっくり進行した。李錫雨がさり、翌年に張漢渉。そのあとに劉宏裕(1996)、李明九、黄錦州、頼詠僚(1997)、日本でも神崎、小野寺、大橋そして北本、斉藤と、ゆっくり世代交代していった。今回はあまりに急激である。茫然自失といっていいショック状態である。これからどうなっていくのか?

 金耿漢は実は劉永東より年長である。しかし中央にでてきたのは劉永東におくれること5年で、国際大会はバンコクアジア五輪が初めてである。
 登場したときから、そのテクニシャンぶりに圧倒された。
 とくに1999年の台湾での世界選手権におけるシングルゲームは驚異であり、私の現行シングルスにたいする認識を90度かえさせた。つまらない、とおもっていたシングルスを、彼と劉家綸がおそろしく魅惑的にみせてくれて、一転、私は現行シングルス擁護派に転向したのである。あれをみた人はみんなそうおもったのではないか。あの時はダブルスゲームがつまらなくさえおもえたものであった。

 また彼はバンコク以降、6年連続で韓国代表になっているが、これは劉永東も金煕洙も達成できていない快挙である。シングルス予選で2回優勝、ダブルス予選で2回優勝とほとんどが自力。のこる2回は推薦だが、韓国は日本とは違って、予選で最上位にこないと推薦はあり得ない制度になっているので、自力通過みたいなものである。
 実績的には劉永東よりもこの金耿漢と、やはり自力で5回国際大会出場を決めている金煕洙(彼は国際大会5回出場なのですべて自力ということになる)、が韓国のエースだった。神である劉永東はこのふたりの後塵をはいしていたのである。

フォアボレーの素晴らしさは何度も書いて来た。もうみることはできない。再び彼のような選手があらわれるだろうか。
サービスは今回は着地足を変えてきた。レベルアップへの意欲が凄い。引退はあまりにも惜しい。

 ただ金耿漢は、台湾で革命的なともいえるシングルスをやり、また韓国国内での圧倒的強さだったとはいえ、佐賀(2000アジア選手権)大阪(2001東アジア五輪)では冴えない結果におわり、彼の実力を知るものとしては非常に歯がゆい思いをしたものだ。去年の釜山では見事だったが、日本のファンの目には触れることはなかった。(折角テレビカメラがはいりながら、的はずれなものに終始してしまったのは、残念このうえなかった<金耿漢はまともに紹介されてもいない>。ビデオやテレビではもとよりつたわりようもないのだが・・・)

 今回の広島では故障から調子のあがらない劉永東を尻目に、抜群の切れ味を大会前からみせており、それを大会中も持続、シングルスのルール変更で彼の超絶シングルスがみられなかったのは残念だったが(それを惜しむ人が何人いるのか、多分ほとんどいないし、それがソフトテニス界の不幸なのだ)、それをわすれさせてくれるような素晴らしいテニスをみせてくれた。でもこれでも彼の実力の半分ぐらいである。彼はもっと、もっと、できる。はじめて日本の観客の前にあらわれた金耿漢真の姿(絶好調の姿)だったのだが、それはあまりにすごすぎ、結局、その真価をだれも引き出すことができなかった。
 ムーンボレー、背面スマッシュ、ドロップスマッシュという大技、荒技はとうとう日本のファンのまえでは非公開のまますべてがおわってしまったのである。
 慣れないケミカルコート(ハードコート)というハンディを抱えた国別対抗の決勝では、皮肉にも、それがかなりでた。(アングル)ドロップスマッシュもでて、ファンは狂気した。
 この決勝は劉永東も金耿漢もまさに大車輪(の活躍)で、ハードコートに絶望しながらも、役に立たない若い後衛達をなんとか牽引し、力の限り、技の限りのテニスをみせてくれた。でもほとんどの人がみていない。残念なことだ。

 素晴らしかった今回の金耿漢。いよいよこれからだな、と思った金耿漢。引退はかえすがえすも残念である。今後は奥さんとの家庭を大事にしたい、とのろける金耿漢は、ミックスに優勝したこと、プレーの絶好調、とその引退に、劉永東と違って、悲愴感はないが、それがかえって我々崇拝者にはショックだ。まだまだどころかこれからはじまりそうな予感をそのプレーに感じていたからだ。

 ほんとこれからどうなっていくのだろう。

 

金耿漢の国際大会での成績
1998アジア五輪  国別対抗優勝 ダブルス4位(崔志勲・金耿漢)
1999世界選手権  国別対抗準優勝 シングルス優勝
2000年アジア選手権  国別対抗準優勝 ダブルスベスト8(李源學・金耿漢)
2001東アジア五輪  国別対抗準優勝
2002アジア五輪  国別対抗優勝 シングルス優勝
2003世界選手権  国別対抗準優勝 ミックスダブルス優勝(朴英姫・金耿漢) ダブルス3位(呉成栗・金耿漢)
 話しはそれるが、今回のルール改正にたずさわった人たちは金耿漢のシングルスを、金煕洙のシングルスを、劉永東のシングルスを研究したのだろうか。研究しつくしたのだろうか。どうもそうでないようで歯がゆい。彼らは非常にユニークなものを10年かかって創造した。他のラケットスポーツのシングルスとはまったく違う魅力をだすことに成功したのだ。ユニークなだけではない。圧倒的に強かったことがすばらしい。他国はなすすべがなかったのだ。折角の成果を台なしにしてしまう、ゼロにしてしまうのが今回のルール改正だ。その理由が西洋社会にうけいれられない、ということらしいが、根本的にまちがってないか。実はそれは硬式やっているひとに受け入れられない、ということなのである。誇りはどこいったのだ、といいたい。ダブルスもシングルスもほぼ硬式に準拠するルールに来年からなる。ソフトテニスは牙をぬかれ、軟式野球と同じ境遇に堕したのでないか。未来はかぎりなく暗い。