....それから
FILE NO.0101

 テニスコート内に設置された会見場には,激しい戦いを終えたばかりの二人の選手がいた.男子シングルスで決勝に進出した韓国の方峻煥--Bang Jun-Hwan--と日本の高川経生の会見がこれから行われようとしていた.

 まず優勝会見から始まった.少し顔を赤らめながら,しかしいつもながらの物静かな口調で,ひとつひとつ言葉を選ぶようにして方峻煥は質問に答えていく.

 今回,彼は,本来ネット・プレーヤーであるにもかかわらず,シングルスではベースライン・プレーに徹した. 今回の特例的措置によるシングルスでのルール改正に対して, まだ自分自身のプレー・スタイルを確立できるほどの時間も自信もなかったまま大会に臨んでいたようだった.

 ルール変更による体力的な問題はかなり厳しかったと語ってくれたが, 2006年にカタールのドーハで開かれることになっている次回アジア競技大会での抱負を静かに力強く語ってくれた. ソフトテニス・プレーヤーが数年後の大会について抱負を語ることは本当に珍しいことであったが, 彼が大きな目標を持っていることに対して僕達は大喜びした.

 そんな会見を聞いているうちに,シングルスではほとんど見せることの無かったネット・プレーを, ダブルスでは是非見せて欲しいとどうしても伝えたいと思うようになっていたが,残念ながら会見は終了してしまった. 今日はまだ大会二日目であった.彼に希望を伝えるチャンスはまだあるはずだった.

 次に高川の準優勝会見が始まった.少しはにかむような表情で会見に望んだ彼は,方峻煥のストロークが伸び,ネットに着けなかったと語ってくれた.シングルスでの高川は,果敢にネット・プレーにチャレンジした数少ないプレーヤーのひとりであった.敗退はしたものの,それでも充実した時間を過ごせたのだろうか,高川の表情はとても明るかったし,何よりも精神的な充実度を感じさせ,何かを乗り越えてきたというような印象を僕達に与えてくれたことが嬉しかった.

 二人ともホッとした表情をしていたのが印象的だった. 互いに未体験ゾーンに踏み込みながらそれぞれの結果を出すことができて,ホッとしたのだろうか.

 そんな彼らの表情を見ていると,自分の顔が熱くなっていることに気がついた.大会は,初日のシングルスは雨天の影響で二日目に延ばされていたが,午前中は雲が多くやや肌寒さを感じるほどであった.
 ところが,会見が終わる頃になるとテニスコート南側の建物の屋上方向から,この季節には似つかわしくないほどの強い太陽の光が射し込んできたのだ.
 彼らの戦いを祝福するかのように,いつの間にか空は晴れ渡っていた.
 

 

 そんな空を見上げていると,あれからもう一年経ってしまったのだと,改めて実感できた.

 この一年は,昨年の釜山アジア競技大会での熱狂を引きずったまま過ごしてしまった.
ASIAN GAMES in BUSAN
皆で集まって酒を酌み交わしても,必ずといっていいほど昨年の話題が持ち上がった. 昨年完勝した韓国選手のプレーを再現できないだろうかといくつもの技術を試してみたり, 第二十三回全日本大学選抜王座決定戦 に出場するために大邱(テグ)カソリック大學校の選手が来日し,彼らのプレーを見ながら釜山を疑似体験し,彼らのプレーに歓声をあげたり・・・.

 そんなことの全てはため息をもたらすばかりであった.今大会は,だから僕達にとっても大きな目標であった.僕達の立場から,どうやってこの大会にかかわることができるのか,僕達にはどんな可能性があって,何ができそうなのかを模索してきた一年でもあった.しかし,あの釜山の熱狂に再び身を置きたいという願いが一番強かった.

 中南米や東南アジアの陽気な選手達のリラックスした笑い声を聞くと,アジア競技大会とはまた違った雰囲気に包まれた.数多くの多様な選手達が出場し,彼らなりのチャレンジを目にしていると,ソフトテニスにもっと大きな可能性があることに気がつかされた.そして,広島の中心街に位置するこの広島市中央庭球場にいると,街の喧噪など全く耳に入らないのが不思議だった.
.....それから 了

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