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アジア選手権基本情報 2008 | 2004 | 2000 | 1996 | 1992 | 1988 | 旧アジア選手権 | 歴代優勝者
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アジア選手権韓国代表考2 男子編 part-1 国家代表選抜戦観戦記〜本戦プレヴューとして

韓国男子は前回大会(2008)でミックスダブルスをふくめて4種目完全優勝。完全無欠のディフェンディングチャンピオンである。その代表決定戦のレポート。

韓国では今年、大きな動きがあった。これは4年毎にくる波のようなもので世界選手権が終了すると韓国球界は動きをみせる。

 
2010アジア競技大会シングルス優勝のイヨハン。ソフトテニス選手(男子)としては2大会振りに金メダルを奪い、兵役を免除された。この試合後のプレスカンファレンスでもそのことについて言及。

女子の場合は有力選手の引退、男子はそれプラス若い選手の入隊(軍隊入り)がある。韓国人の男子は兵役の義務があり、ほぼ例外なしに2年あまりの軍役につかねばならない。ほぼそれを逃れる術は無いが、その数少ない、いやほぼ唯一のチャンスがスポーツで優秀な成績を残すことである。しかしそれはオリンピックのメダリスト、あるいはアジア競技大会で優勝という途方もないレベルを要求される。

オリンピック種目でないソフトテニスの選手たちは4年に一度のアジア競技大会で優勝するしか兵役を免除されるチャンスはめぐってこない。

普通は大学在学中に休学し兵役につくことがおおいといわれる。社会人となってからでは人生設計におおきな支障がでるからである。しかしスポーツエリート達はぎりぎりまで可能性を追求することがおおい。入隊は29歳までという制限があるので、そのタイミングはほんとにむずかしい。アスリートとしてなにかを成すには20代が勝負なのはいうまでもない。

兵役による競技生活の中断は韓国スポーツ界の悩みの種で、その影響を少しでも回避するために軍隊内にサンム(尚武隊)というスポーツエリートのための部隊をつくった。これは軍隊実業団といえるもので、さまざまな制約があるとはいえ、軍属のまま競技をつづけることができる。もちろんだれでも所属できるわけでない。えり抜きのスーパーエリートのみが入隊を許される。かつてはソフトテニスにもこのサンム所属の選手がいたのだが、20世紀末に韓国をおそった大不況のなかでオリンピック種目以外のサンム隊はリストラされてしまった。

1980年代後半の韓国ソフトテニスの最初の黄金時代はこのサンム隊によりつくられており、数々の名選手を輩出している。その印象があまりに強いためか、いまだに韓国というと軍隊チームと思っている人が多い。しかしソフトテニスサンム隊は10年以上前に消滅している。もとサンムで現役を続けている人もほぼいなくなった。

2007世界選手権で単複二冠を獲得したキムジェボク。しかし2006アジア競技大会は銀メダルに終わり、2010広州アジア競技大会では予選敗退し代表入りならず、その後に入隊。このほど予備役となり選手に復帰。これはご本人から複写させて頂いた写真。

話しをもどす、20代半ばとなりアジア競技大会の出場が成らなかったり出場しても金メダルを獲得できなかったりすると兵役はもう現実問題だ。次のアジア大会が29歳になるまでにめぐってくるならそこまで頑張るか。それともここで入隊を決断するか?例えば2010アジア競技大会でダブルス、シングルスともに銀メダルに終わったペウオンソンは今そういう立場にある。大会期間中(4月)、牧場を経営しているというペウオンソンのお父さんに話しを聞く事ができたが、この時点では2014年アジア競技大会(インチョン)まで頑張るか、それとも入隊かの結論はでていなかった。

今大会でのペウオンソン。2010アジア競技大会でダブルス、シングルスとも銀。金と銀の違いがあまりにも大きい。ぺ・キムはここ数年間の韓国の顔というべき存在だった。

後者の場合アジア大会での夢やぶれた直後にそのまま軍隊へ、という例は実は少なくて、翌年の世界選手権にチャレンジして、その後入隊というパターンが多い。というのも世界選手権(オリンピック種目にはある)は兵役免除のオプションこそないもののメダリストとなれば国家から生涯年金がもらえるシステムがある。これはポイント制になっていて世界選手権はアジア競技大会の倍以上という格づけになっているのである(オリンピックほどではない。オリンピックは更にその倍)。プロフェッショナルである彼らにとって生涯賃金にかかわるもっとも重要な大会が世界選手権といえ、多くの選手が世界選手権の予選が一番ビビる、という(若い選手ならアジア競技大会の予選というだろうが)。

アジア選手権、東アジア競技大会には兵役免除とか年金ポイントというようなオプションがない。そのためにこの時期に兵役に行く選手が多数でるということになる。 というわけで、女子ほどではないが男子の予選参加の顔ぶれもやや寂しいものとなった。女子ほどでないというのは選手層が厚いためだ。

それでも引退した選手、移籍した選手、入隊してしまった選手で昨年とはまるでちがっている印象をうけるほど。昨年の予選一位だったキムジュンユンも入隊。また若手NO.1の呼び声も高いナムテクホ(ドーハアジア競技大会代表)も軍隊へ。2007年の世界選手権で活躍したホキョンジョンも入隊した。昨年のドンフンのペアだったキムジュゴンも軍隊へ。

昨年入隊し現役活動を停止している主な有力選手。左からナンテクホ、キムジュゴン、ホキョンジン、キムジュンユン。いずれも代表経験がある。

こういうときはベテランが力を発揮するものだが、今回もそのようになった。

2004チェンマイ大会(前々回)ダブルスチャンピオンのパクチャンソク。今も変わらず過激なダブルフォワード。いつ代表復帰してもおかしくないムードがある選手。すでに予備役。 2006第6回大会に開催国ワイルドカードで個人戦ダブルスのみに出場し、篠原・小林、中堀・高川をやぶり優勝したイヒョンス。予選突破ならず。雁行陣志向の選手。

4月20日第一ダブルス決定戦。朝から雨だったが午後はあがるとの予報、それを待って試合開始。 雨はあがったとはいえ曇天、しかしほぼ無風で絶好のコンディション。試合はすべて7ゲームマッチで行われている。これは残念、昨年の予選では9ゲームだったのだが、今年はハードコートなので7ゲームとしたようだ。むろん体力面等を考慮してのことである。まだレギュラーシーズンははじまったばかり、当然の配慮といえるのかもしれないが ・・・

プレースタイルはサーフェースのせいもあり、全体として前のめり、つまりダブルフォワードスタイルがおおいが、それ一辺倒というのはすくない。つまりネットベースのダブルフォワードではなくて雁行陣ベースのダブルフォワードのペアが強い。当然、純粋な雁行陣のペアもある。

注目されるのは前のめりになった相手へのいなし方で、そのへんの戦術研究は実は韓国が一番すすんでいる。その結実が昨年の世界選手権の団体決勝戦NO,1ダブルス篠原・小林 vs.チョウスンジェ・キムジュンユン戦である(チョウは最強のダブルフォワードキラー。個人戦でもキムジュゴンとのペアで篠原・小林をしとめかけた)。そういう経過をへて韓国のダブルフォワードは洗練されたものになりつつある。それが進むべき道?か、否かはまだ判断がつかない。今年のアジア選手権でも当然答えはでないだろう。2年後のインチョンアジア競技大会はどのようなテニスになっているのか興味はつきない。

第一ダブルス決定戦最終戦を終えて。見事なゲームだった。左から敗者のキムドンフン、キムベムシュン、勝者のチヨンミン・イジュンスプ。ドンフンはその後シングルス予選に優勝し代表に。ベムジュンもチヨンミンの辞退による繰り上がりで代表に。

さて試合。2010、2011といずれも代表となったペ・キムが中心かと思いきや、キムテジュンは昨年の世界選手権終了後、新設チーム(テジョン)に移籍しており、ペアとしての呼吸が今ひとつ。で早々に敗退。

キムドンフン・キムベムジュン(ムンギョン)。テグカソリック大時代にもペアを組み、国際ジュニアで銀メダル。次代を担うか?

そんな中で走ったのはキムベムジュンとペアを組んだキムドンフン、一敗の後、負け部一位に。

そしてベテランのイジュンスブ・チヨンミン、地味なペアだが堅実に勝部一位。いいわすれたが、最終予選の試合形式は予選リーグを勝ち上がった12組による双敗淘汰制(ツーダウン式ノックアウトトーナメントいわゆる台湾式)である。

最初の決定戦イ・チが勝てばここで代表決定である。キム・キムが勝てば一敗同士の最終戦となる

ドンフンの強打はハードコート上でも猛威を振るい、チャンスと見れば果敢にネットもとる。またベムジュンが素晴らしい出来だった。

チヨンミンはキムキョンリョンとのペアで広州アジア競技大会ミックスダブルスを制した名手、しかしドンフンの強打はどうにもならない感じでほぼ完敗。最終戦へ。

イミョング監督より祝福をうけるイジュンスブ。イ監督は1992年大会でダブルス、1996年大会でシングルスに優勝している。

ドンフンは猛りきっており、結果はみえたかに思えた最終戦、なんとチヨンミンがドンフンの強打を完全に封じこんだ。一体その前のゲームはなんだったのか!あざやかというしかないベテランの味。久々に『前衛』の妙味をみせつけられた。

チは2010以来2度目の代表権獲得。 イはうれしい初代表だ。イはあまり上位で活躍しているという印象がない。たびたび韓国をおとずれる筆者は彼の顔を見知ってはいるが、プレーを見た記憶がない。すくなくとも予選で上位にくること自体がはじめてという選手である。ハデさは無いが堅実なベースライナー、もちろんネットプレーも無難にこなせる。

さてドンフンを押さえきったチヨンミン。一皮も二皮もむけた上手さ味をみせてくれ、アジア選手権本番への期待は高まったし、韓国チームの核となることは間違いないとおもわれた。しかし後日、怪我を理由の代表を辞退してしまう。詳細は不明。昨年の予選一位のイウオンハクが同様の理由で代表を辞退している。二年連続のNO.1の代表辞退はちょっと異常である。イウオンハクの欠場が昨年の世界選手権個人戦での韓国男子崩壊の大きな要因である事は自明だ。 --->続く

第一ダブルス代表戦で優勝のイジュンスブ・ヨンミン。全く予想外の結果で驚いた。下画像はイチョンチームによるチヨンミンの胴上げ。むろんイジュンスブもイミョング監督も宙に舞った。イチョンはこれで国際大会を4大会連続でダブルス予選突破で代表選手をおくりこんでいることになる(2010年にはダブルス予選を2つともイチョンが優勝)