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 ここではとても残念なことを報告しなければならない.現在のソフトテニスの国際大会でこのようなことが起こってしまったことは,あまりにも信じがたいことであった.書かずにすむなら,できることなら,そうしたい.だが,韓国から帰国してみて分かったことは,釜山アジア競技大会での信じがたい2つの愚かなできごとはほとんど議論になっていないということであった.いや,知らされていないといってもいい.しかし今後のことを考えれば,書かないわけにはいかない.
ことの発端は,これといったものはないだろう.いくつもの愚かなできごとの積み重ねが,さらに大きな愚かなできごとを生み出してしまったのかもしれない.

アジア五輪でクレーでプレーされたのは広島以来2度目。北京(インドア)とバンコクはハードコートだった。画像は女子国別対抗日本vs.台湾 NO.3ダブルスより。
国別対抗 対台湾劉家綸戦での金耿漢。金耿漢vs.劉家綸といえばあの1999世界選手権でのもはや伝説的な2試合が強烈な印象として残っている。あのときはファイナル2つで一勝一敗。3年越しでやっと実現したこのカードはまさに待望のものだった。ゲームは圧倒的な技量を誇る金耿漢が押しまくる展開。が劉家綸も抜群の身体能力で応戦。ゲームは後半もつれそうな気配がしたそのときにこの事件はおこった。アンフェアなジャッジが続いた今大会だが、このプレミアムなカードをぶちこわしたという意味で最悪のケース。台北から3年もまったのだ。どうしてくれる、といいたい。

 大会期間中,明らかに韓国チーム有利な判定が続いていた.それはあからさまであった.今大会の会場であったSajikテニス・コートは,クレー・コートであったので,「バウンド地点が残る」から審判にとってもやり易いはずのコートであった.例え間違ったとしても,「訂正」はできるであろうし,バウンド地点という証拠を根拠にして,判定に対する同意を選手にも得られ易いはずである.だが,実際にはそうはいかなかったのだ.そのバウンド地点という証拠を,審判達は徹底的に「無視」してしまったのだ.

 例えば,男子国別対抗戦の韓国―台湾戦の第1シングルスでは,金耿漢と劉家綸が戦った.その戦いが素晴らしかったことは既に述べたが,そこでは信じられないような判定があった.ゲームは前半金耿漢がリードした.1ポイント毎,いや1球毎に繰り広げられる質の高いストロークとネット・プレーの戦いは,わずかに金耿漢が上回っていた.それはほんのわずかな差であったが,恐らく劉家綸にとっては大きな差を見せつけられたようなゲームであったかもしれなかった.だが劉家綸自身まだ諦めたわけでもなく,まだまだゲームは続いていくだろうと誰もが感じていたはずであった.そして,国際大会ならではの質の高いゲームに誰もが釘付けになっていた正にそんな時に,その判定は起きてしまった.いや,起こされたといってもいいだろう.ネットについた金耿漢に対して,劉家綸のフォアハンドから放たれたロビングは,金耿漢のラケットにかすることもなく,ベースラインに落ちたのだ.僕の目の前で,真正面で落ちたのだ.そしてその一瞬,多くの人が「沈黙」を保ったままであった.だが,韓国人ラインズマンは,アウトの判定をしたのだ.

「It was on line!」

 と,僕は何度も何度も叫んだ.そして同じような抗議の叫びが会場に大きく響き渡っていた.しかしそのラインズマンは,憮然とした表情を崩すことなく,また他の審判員達とも協議することもなく,劉家綸が放ったあのロビングはアウトになってしまったのだ.

 しかしそのロビングがオンラインであったことは,会場で観戦していた観客の誰もが知っていた事実であった.その証拠に,確かにあの瞬間,僕の周りにいた多くの韓国人観客達は「沈黙」を保っていた.そしてその「沈黙」は落胆とともに,「今のは仕方がない」という諦めを表していたはずであった.ゲームは再開されたものの,僕は完全に裏切られてしまったような心持ちになっていた.ソフトテニスは僕にとって,大衆のスポーツであった.誰もが楽しめ,有形無形の楽しみを与えてくれるものであった.そしてその頂点に国際大会があるのだが,その国際大会でこのような判定が起こるとは,考えてみただけで恐ろしい.水を差されたなんて生やさしいものでは済まされなかった.完全に裏切られてしまった.
 しばらくすると初老の韓国人男性が,手に持っていたお菓子を僕に差し出してくれた.遠慮なくいただくことにしたものの,その初老の男性が,
「お若いの,すまないなあ.」
と語りかけてくれているように思われた.そしてそんな親切は,かえってあのロビングがオンラインであったことを示しているように思われてならなかったし,その瞬間やはりあのロビングがインであったことを確信できた.

 そのラインズマンの憮然とした表情は,だがしかし,彼が自分の判定を信じていて,観客からの抗議に耐えているような印象を与えた. だがその彼の判定を除いて,他の判定は明らかに故意であるものが多かった. 故意と考えられる判定をした審判員達の涼しげな顔の平然とした表情は,人を小馬鹿にしたような印象しか与えなかった.

 僕が見た限りでは,最大で5cm程度は判定が誤りであった.
 そしてその5cmあまりもあるミス判定シーンが見られたのは,女子シングルス個人戦のWang Shi-Ting―金顕珠戦で見られた.
 既に述べたようにこの試合では,Wangが作戦通りに「負け始める」までは,Wangの一方的なペースであった. そんな中,金はWangの実力を完全に知り,愕然としていたはずであった. 負けることしか残された道がなかった金に対して,審判が有利に判定をしようとすること自体愚かなことであるが, 少しでも何とかしたいと考えたのであろうか,ストレート展開において金がミドルラインに放ったボールがおよそ5cmはアウトであったにもかかわらず, 「イン」にしてしまったのだ.ボールひとつはあったであろうかというようなアウトであった. ボールのバウンド地点もはっきりしていて,誰が見ても間違えようがないアウトであった. 仮に間違えたとしても,証拠となるバウンド地点は非常に明確であったし,Wang自身もそのことをアピールした. しかし,審判は無視したのだ,バウンド地点を.茫然自失であるかに見える金を有利 に導こうとするその判定は,実際には逆に哀れであった.

 どう考えたってその時点で金に勝機はなかったし,そのようなあからさまな判定は, 彼女の国家代表選手としてのプライドを傷つけるもの以外の何ものでもなかった.
 金はこの試合で,Wangから与えられたものと,自国審判員から与えられた二重の屈辱に耐えなければならなかったのだ.

 Wangは,このような判定に対しては完全に冷めていた.抗議しても仕方のないことを知っていたからなのか, それとも,どうせ自分が考えた予定通りにことが進むことが分かっていたからなのか,少しだけ抗議してみせただけであった. そして,似たような現象が会場の各地で,毎日のように起こっていたのも事実であった.====>