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2006アジア競技大会韓国予選での李源學(2006.6チュンジュ)。ダブルス、シングルスともに最終リーグに進出。両種目で最終6組までのこったのは彼だけ。
バズーカアンコール 李源學(LEE Won-Hak)

アジア競技大会開幕まであと2週間と迫った。衝撃の釜山アジア五輪大会から4年以上の月日が経ってしまったことになる。
完全にソフトテニス暦(?)で生活している者にとっては、国際大会の周期である4年を1スパンと考えることが習慣になっている。 その中心となるのが、やはりアジア競技大会であることはいうまでもない。 すべてはアジア五輪のためにある!!と言い切っても決して言い過ぎではない生活をおくっているような気がするほどだ。
実際それほどの魅力を備えたトーナメントなのである。大会が近づくと押さえようない期待感と興奮がたかまってくる。 しかもその期待は決して裏切られることがない。 いやいつも期待以上という、素晴らしい裏切りが待っている。
このバズーカサーブはある意味その象徴的存在かもしれない。
2002アジア五輪男子ダブルス決勝後のインタヴュ−を受ける李源學

バズーカは『ありえない』サーブであった。信じ難いサーブであった。 あり得ないこと、しんじられないことがコート上でおきるのがアジア五輪の常なのである。
広島(1994)もそうだった、バンコク(1998)でも同じだった。ドーハでもきっとなにか起きることは決まっているのである!!。 今度はなにが?どのような奇跡をみせてくれるというのだろうか?

もちろんアジア競技大会でおきることは夢でも幻でもない。ソフトテニスの競技としての途方もない可能性である。(不幸なことに)多くの愛好者ですら気付いていないソフトテニスの真の魅力の核心部分が提示される場なのである。

 残念ながら一般の観戦者にとってド−ハアジア競技大会の観戦は極めて困難な状況であり、ほとんど非公開という形になりそうなのは痛恨の極みである。競技開始以前にドーハ大会は伝説になりそうだ。

超大型ダブルフォワード 李源學・金耿漢(達城郡庁)身長はともに186cm。このペアがドーハにでられない、というのはこの競技の根本的な問題を感じる。そんなことあってはならないはずだからだ。

さて李源學はその2002釜山アジア競技大会では劉永東(ユウヨンドン)とペアを組み、ダブルスに優勝した。つまり今年はタイトルをディフェンドする立場にあったわけだが、韓国国内予選で敗退し、ドーハ本大会への出場は成らなかった。

しかもその韓国国内予選の決定的な場面で敗れた相手はほかならね劉永東!!チャンピオンはチャンピオンに敗れ、そのタイトルを失ったわけである。

李源學は2000年から2003年まで四年連続で代表になったが、2004、2005年と二年間国際大会に姿を見せていない。しかし実力は著しくアップしている。釜山の頃の彼より遥かにレベルアップしているといえるほどだ。

2005年のマカオ東アジア五輪の韓国予選はダブルフォワードに翻弄されてしまったが、一年後の今年は自らダブルフォワードを会得し、昨年、完敗した金裁福(大邱カソリック大学)に快勝した。それどころか代表復帰まであと一勝とまでせまる。予選の最終戦の相手は劉永東(ペア朴キョンテ)。息詰まる好勝負だったが、後半ヨンドンオーラにテニスを崩し、敗れ去った。

(by TOSHI)


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