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男子シングルスといえば韓国の独断場であった。国際大会にシングルスが導入されたのは1992年の第2回アジア選手権だが、そこで台湾の廖南凱が優勝しただけで、あとはすべて韓国が優勝している。2001東アジア、2002アジア五輪では決勝韓国同士打ちもあった(それ以前は韓国はシングルスに1人しかエントリーしていなかった)。実に7連勝!!(数があわないのは個人戦のシングルスが競技されなかった大会があるため)。その7連勝のうち3回優勝しているのが方峻煥である。ただの3回ではない。昨年からシングルスのルールは大幅にかわったが、旧、新の両方のルールで優勝しているのである。
国別対抗にあらわれたその方峻煥は圧倒的で、ルール改訂直後ということで慎重にゲームをすすめた昨年よりも随分と攻撃的になり、機をみてのネットラッシュも再三にわたりみせたりして、スケールの大きなゲーム運びをみせていた。その国別対抗台湾戦はトップの敗戦をうけてのものだったにも関わらず、慌てずさわがずゲームをすすめ台湾の新人を圧倒していった。どうにもうめようのない圧倒的な差をみせつけた感じであり、個人戦でも彼の圧倒的優位は誰の目にも明らかであった。個人戦で彼の超絶的なシングルスをたのしもう、いやまて高川がいるぞ、彼ならなんとかしてくれるのではないか、などとすさまじい男子国別対抗決勝が終わって弛緩した空気のなかでその余韻にひたっていると、突然、方峻煥はドロー上から姿を消してしまった。いったいなにがおこったのか?この続きはレヴューでやります。
方峻煥が消えた男子シングルスは大混乱。結局、国別対抗で方峻煥に完敗した台湾の林舜武が菅野、高川を連破して優勝。王者韓国はベスト4にゼロとにわかには信じがたい結果となった。
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