FILE NO.0701
Nice Guyへの贈り物

 個人的には,昨年の釜山アジア競技大会韓国代表であった金煕洙(KIM Hee-Soo)がこの大会に出場できなかったのが,とても気になっていた.

卓越した右ストレートのフォア・ボレーの切れ味は最高であったし,その切れ味と彼のバズーカ・サーブを再びこの目で見てみたいという思いがあったからだ.だが,シングルス個人戦決勝での不可解な敗北と,今大会韓国国内予選での敗退は,金煕洙という優れたネット・プレーヤーの未来を奪いかねない危険性を孕んでいるように僕には感じられた.彼は腐らずに元気にやっているのだろうか,それだけが気掛かりであった.(釜山での金煕洙については「それぞれの釜山」参照)

 その金煕洙に代わって今大会の出場権を得ていたネット・プレーヤーは,方峻煥であったと,そう考えることができた.

釜山アジア五輪を観戦する方峻煥

釜山アジア五輪の壮行試合の模様を伝える新聞。左側が代表チーム。右側がサポートチーム。右から2人めが方峻煥。このサポートチームは恐るべき強さだった。

 方峻煥を見るのはこれで三度目であった.過去二度の彼に対する印象は,とにかく地味というものであった. しかもその地味の意味合いは,相当強い意味での地味というものであって,下手をすれば僕の記憶にすら残らないのではないだろうかと思える程であった.
 過去二度彼を見たのは,佐賀のアジア選手権(2000)と,大阪の東アジア競技大会(2001)であった. これらの大会での韓国人ネット・プレーヤーは,釜山アジア競技大会(2002)でのレベルに比べて非常に地味で,ベースライン・プレーヤーのリカバリー・ショットを前提とした大胆なポーチ・ボレーは見られず,こんな地味なプレーでは一体どうなってしまうのだろうかと思ってしまった程であった.

 そうした大会においても,方峻煥は韓国代表では3,4番手のネット・プレーヤーと見られていたし, だから彼が昨年のアジア競技大会で代表選考に落ち,韓国のサポート・チームにまわっていたことも,個人的にはさほど気にならなかった.ただそのサポート・チームもかなり強くて,代表チームとの練習試合ではほぼ互角であったことを報じた新聞記事(右画像)が,会場であったSajikスタジアム内のテニスコートに張り出されてあったことは,にわかには信じがたいことであった.それでも国際大会で二度のシングルス優勝という実績は,素晴らしいというしかなかったが,彼のイメージとのギャップが僕には余りにも大きすぎたようだった.

ウォーミングアップ練習をする方峻煥(グラウンドストローク対ボレー)。 左上のテイクバック時、左手のサポートがきっちりつけられていることに注目。 これを否定的にみる見解もあるようだが、腑に落ちないことである。もっとも基本的なことではないか。方峻煥に学べ、劉永東に学べ!
 来日した方峻煥は,しかしながら,そうした僕のイメージをかなり払拭してしまった.練習でのグラウンド・ストロークは,ベースライン・プレーヤーと互角に打ち合い,フォアハンドでの威力は特に際立っていた.オープン・スタンスをこなし,まさにシングルス向きのプレーヤーとして理想に近いと思われた.バックハンドはフォアハンドに比べてやや威力を欠いているが,それでも彼程のバックハンドを日本国内で見ることは非常に稀であったので,これにネット・プレーヤーとしての実力を加味して考えると,相当に凄いシングルスが見られるのではないだろうかと,そんな期待を抱かせるには十分過ぎるくらいだった.日本関係者は,彼のバックハンドを“弱点”と考えていたようだった.弱点というよりは,それが考えられる数少ない攻めどころといった方が正しいだろうか.

 ところで,韓国人選手達にとって日本ボールがやっかいな存在である理由は,「飛びすぎる」ことであった.これは韓国人選手から実際に証言を得ていたことであったが,同時に彼らは面白いことも認めていた.韓国ボールはやはり彼らにとっても柔らかく,扱いづらいが,日本ボールは適度に“固く”,扱いやすいということであった.彼らのこの相反するような感覚は,しかしながら結果的に,打球力の抑制という形でひとつの結論に到っていることが,日本国内での試合では多かった.彼らは回転量を多くすることでボールの飛びをおさえ,コート内に押し込んでゲームを進めるという選択が,これまでの日本国内での試合ではみられた.だがそれは,打球力を失わせ,後手に回ってしまうというゲーム展開をもたらしていた.

シングルス決勝での方峻煥 。方峻煥が国際大会に初めて出てきたのは1997年の東アジア五輪。そのときは国別対抗とダブルスに出場。国別対抗では優勝。ダブルスでは崔志勲とのペアで国際大会三連勝がかかっていた北本・斎藤をファイナルで伏し決勝に進出している。

 ところが今回の韓国人選手達は,少なくとも練習においては,ボールの回転量を多くしてテニスコート内に押し込んでいるという印象は全く感じられなかった.フラットから打球されるボールは,寧ろ日本人選手よりも鋭いのではないかと思わせるほどであったし,方峻煥にいたっては,ベースライン・プレーヤーとの差が殆ど感じられず,いくら彼のバックハンドがやや劣るからといって,バックハンドにだけ活路を見出すような戦い方をしてしまっていては,日本人の苦戦は予想に難くなかった.

 それにしても不思議だった.日本ボールをあれほど嫌っていた韓国人選手達の姿は,一体どこに行ってしまったのであろうか.昨年の釜山アジア大会終了後のフェアウェル・パーティーで,あれほどの完勝を収めておきながら金耿漢が「来年の広島では日本ボールでやるから,とても中堀のボールはとれない.」などとかなり弱気なことを言っていたと聞いていた.実際日本有利であることは違いなかった.しかし,目の前にいる韓国人選手達がそんな弱気な発言をしたとはとても思えないほど,男女とも好調であった.世界選手権大会であるから,もちろん韓国勢にしても相当の準備を積んできたのであろうが,それにしてもこれだけの好調さの原因は,もっと他にあるのではないかと思わずにいられなかった.

2001東アジア五輪、シングルス表彰式での金煕洙と方峻煥(右)。ともに聞慶市庁の所属だ。

 '94年の広島アジア大会,翌'95年の岐阜世界選手権大会,2000年の佐賀アジア選手権大会,翌'01年の大阪東アジア競技大会を考えてみると,岐阜,佐賀,大阪での日本の結果は、ホームコートである、ということ以上にサーフェ−スの特異性がもたらしたものが大きい。

日本がポジション制約ルールの11年間に韓国、台湾相手にトータル6勝10敗(国別対抗)。6勝のうち5回までが砂入り人工芝になる。下段資料参照のこと

 クレーコートであること.それが韓国選手たちにとっては重要なことであると思われた. (part2に続く 3月5日公開予定)


 

資料 
ポジション制約ルール(1993-2003)下における、日本、韓国、台湾の国別対抗でのサ−フェ−ス別対戦成績
クレー
 
2
3
5
1
2
3
0
1
1
ハード
 
4
3
7
2
2
4
0
0
0
砂入り人工芝
 
3
2
5
0
2
2
0
0
0
トータル
 
8
6
14
3
4
7
3
3
6
過去15年(1990-2004)間における、日本、韓国、台湾の国別対抗でのサ−フェ−ス別対戦成績
クレー
 
2
3
5
2
2
4
0
2
2
ハード
 
4
4
8
4
4
8
0
2
2
砂入り人工芝
 
3
2
5
0
2
2
0
0
0
トータル
 
8
7
14
6
6
12
3
6
9
さらに詳細は以下のページ参照のこと
  1. 過去15年間の国際大会優勝者一覧(サーフェ−ス別)
  2. 新ルール(ポジション制約ルールにおける国際大会優勝者一覧(サーフェ−ス別)
  3. Head to Head 日本、韓国、台湾 国別対抗対戦表(1993-2003)
  4. Head to Head 日本、韓国、台湾 国別対抗対戦表(1990-2004)