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10月30日朝の韓国男子
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韓国は男女6種目で金メダルなし。特に男子が金メダルなしに終わったのは15年前のアジア五輪以来のことになる。これはやはり衝撃的なことと言わねばなるまい。さらにいえば男子ダブルスにおいてメダルを獲得できず、これは1985年の世界選手権以来のことでなんと20年振りになる。その20年前はベスト4を台湾が独占した年。今回は李鍾雨(イゾンウー)・金煕洙(キムヒースー)がベスト4は確保しているので少し状況は違うが、メダル無しというのは重い。結論めいたことをいえばプレヴューで書いた懸念が現実のものとなったということである。
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台湾戦を数時間後にひかえ練習する韓国男子
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崔鳳権(チェボンクォン)
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金昇變(キムスンスブ)
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李鍾雨(イゾンウー)
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襄換星(ボェウォンソン)
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金煕洙(キムヒースー)
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梁東薫(ヤントンフン)
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韓国男子が東アジア競技大会に対して十分な準備、あるいはハードコート、台湾への対策、を怠っていたわけではないとおもう。むしろ、日本よりもそれは緻密にやってきている。とくに国別対抗団体戦においてそれが見受けられた。あたりまえだ。日本が全く手探りだった一年前のチェンマイに金裁福・朴昌石(大邱カソリック大学)という完成度の高いダブルフォワードペアを送りこみ、見事、個人戦で王俊彦・趙士城をやぶり、金メダルを獲得している。韓国は、今後ハードではどうあるべきか、ということを日本よりも先に悟っていたのである。
もちろんそれは2003年の世界選手権国別対抗決勝での衝撃的な敗戦が効いている。劉永東、金耿漢という今からおもえば夢のようなスーパースターを擁しながら、6人中5人が新人という若い台湾に、俄には信じ難い敗戦を喫してしまったのである。しかも一番では劉永東が、3番では金耿漢が敗れての、内容的にはともかく、完敗である。
日本はその現場にいなかった、つまり当事者ではなかったので対応が遅れた(実際にあの衝撃的な対戦をナマでみた日本関係者はほとんどいない。現場、広島広域公園屋内コート、にいたのは韓国や台湾の関係者ばかりで、まるで日本とは思えない独特の雰囲気であった)。
韓国はこの敗戦の意味を深刻に受け止め、それが昨年の金裁福(キムゼボク)・朴昌石(パクチャンソク)を出現となる。昨年のアジア選手権の個人戦では準決勝で韓国は金裁福・朴昌石と黄晶煥(ファンジョンハン)・金煕洙(キムヒースー)の同士討ちとなったのだが、その試合では意図的に金裁福・朴昌石に決勝進出を譲っている。
『台湾対策として金裁福・朴昌石をトレーニングしてきたから』というのがその理由。後日の私の取材に対して韓国主脳のこたえである。もう一方の準決は台湾同士であり、決勝は台湾とあたることが決まっていた。
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| 2003年アジアダブルスチャンピオンの金裁福・朴昌石。いくら予選落ちだからといってチャンピオンが出られないというのはなにかおかしい気がする。というかもったいない。林舜武、方峻煥もそうだが。 |
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| 7月韓国国家代表決定戦での金昇變・梁東薫。 |
誤解なきようにつけくわえると、学生予選というアジア選手権のみの韓国特例措置でという変則とはいえ、金裁福・朴昌石は予選を自力で勝ち抜いた。ダブルフォワード強化はその後である。韓国には、いや台湾もそうだが、日本でいうようなナショナルチームは存在しない。代表イコールナショナルチームである。日本のナショナルチームは代表候補、あるいは強化選手と呼ぶべきチームであり、つまり代表イコールナショナルチームではない。かなり特殊な状況である。これには歴史的背景があるが、めんどうなのでここでは書かない。また金裁福・朴昌石の所属大学である大邱カソリック大学は古い型にしばられない全く新しいソフトテニスを模索していたことも大きいだろう。それは2003年の大学王座での大邱カソリック大学、そして同年の世界選手権での呉成栗(オー・ソンリョル)のテニスをみた人はよくわかると思う。
韓国の今回のエースは金昇變(キム・スンスブ)・梁東薫(ヤン・トンフン)であるあはずだった。彼等はあの厳しい予選のダブルス一位なのである。韓国にはシングルス予選もある。しかしダブルス予選のほうが先におこなわれ、ダブルス予選を落ちた選手がシングルス予選に参加すると考えていい(シングルス予選にしかでられない選手、あるいはその逆もいることはいるが)。しかし金昇變は台湾戦では控えだった。ダブルス予選優勝選手を国別対抗で使わないというのは前代未聞といっていい。
キムは今回、裏方に徹した。予選トップでチーム最年長でもある彼が、球だしや球拾いばかりを率先しておこない、それは痛々しいほど、女子の練習の手伝いでもえんえんと上げボールをしていた。たしかに金昇變はハードコート全くマッチしていなかった。とにかく全然ボールが飛ばない。ほとんどがサービスライン前後でバウンドしてしまうという状態であった。彼は典型的なライジング打ちの選手である。リバウンドを最大限に利用し、リズミックにヒットし、ゲームを進めていく。そのリズムが全く狂ってしまったのである。バンコクアジア五輪時のように6ヶ月に及ぶ合宿ができるなら、問題なかったかもしれないが、現在の韓国は実業団、あるいは大学チームが核になり、国内大会を中心に動いている。バンコク以前のようにサンム中心ではない。国際大会のみに集中することはできなくなっているのである。しかも予選もクレーでおこなっているのだ。どうして韓国はこういう状況になってしまっただろうか?金裁福・朴昌石つくり出した韓国と、クレーで予選を行なわなければならない韓国はどうにもむすびつかない。
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