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新世代のヴィルトゥオーゾ

 

特集 世界ソフトテニス選手権 注目の選手 篠原秀典のサーブ&ボレー

 

篠原の国際大会デヴューは小林におくれること一年、2005年のマカオ東アジア競技大会から。この年といい、小林のデヴューした2004年といい、もっともダブルフォワード旋風が激しかった頃であり、篠原・小林の今日あるは運命づけられていたというしかない。実際に最強のダブルフォワードは2004年の劉家綸・李佳鴻、2005年の王俊彦・方同賢の二組である。この2ペアはそれぞれその年にしか存在しなかった。そこに、それぞれ、とびこんだのがこの二人だったのだ。

もっとも篠原・小林というペアでの国際大会デヴューは2008年(国内では2007年)まで待たねばならない。しかもその2008年を含めてシングルススペシャリストとして名を馳せた。なかでも団体戦での活躍は特筆もので伝説になるのではないか?2006には王俊彦(台湾)、2007にはイウオンハク(韓国)を相手に劇的なゲームの末やぶり、日本男子の2年連続団体優勝の立役者となった。個人戦でも2006、2008と銀メダルを獲得。この間、国内では篠原・小林でタイトルを独占しており、そのギャップが篠原の巨大さを端的にしめしていると去年書いた。その2足のわらじ状態は昨年でおわりをつげ、今回、篠原はシングルスにエントリーしていない。2005年国際大会デヴュー以来、6大会連続で国際大会に出場してきてはじめてのことである。

篠原秀典

篠原秀典

篠原秀典

 

2010アジア五輪国別対抗団体戦準決勝 vs韓国(イヨン・チヨンミン戦)での篠原(右3枚も)。リードされた重苦しいゲームを逆転。このゲームがこのアジア競技大会の焦点のひとつだった。

このスピード!!そう篠原を篠原足らしめているはその圧倒的なスピードである。スピードだけとってみるなら、かの齋藤広宣や方同賢に匹敵するだろう、このふたりにはスピードの他にまるで忍者のようなフットワーク技術があった。篠原には、まだそれがない、つまり荒削りなのである。それはフットワークだけではなく技術全般にいえることである。これはネガティブな意味でいっているのではなくて、まだまだのびしろがあるということである。つまり篠原秀典はもっと凄くなる!、のである。

*齋藤広宣 男子監督 1995世界選手権ダブルスチャンピオン、1996アジア選手権ダブルスチャンピオン
方同賢 前台湾男子監督 1998アジア競技大会ダブルスチャンピオン、2005東アジア競技大会ダブルスチャンピオン

荒削りとはいっても基本はきっちり押さえられているのはいうまでもない。とくに待球時の姿勢は小林よりもさらに模範的といえるかもしれない。楊勝發そっくりな律儀さである。左手を添える、ラケットヘッドをあげる、絶対の基本である。万人が学ぶべきである。

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