spc
世界ソフトテニス選手権 MAIN | Soft Tennis homepage | BBS | BLOG | YOUTUBE | MAIL
世界選手権基本情報 2007 | 2003 | 1999 | 1995 | 1991 | 1989 | 1987 | 1985 | 1983 | 1981 | 1979 | 1977 | 1975
メダリスト 男子ダブルス 女子ダブルス 男子シングルス 女子シングルス ミックスダブルス 男子国別対抗団体戦 女子国別対抗団体戦
line

新世代のヴィルトゥオーゾ

 

特集 世界ソフトテニス選手権 注目の選手 最強のBチーム ヤンヂンハン(韓国)

 
今年4月の代表決定戦でのヤンジンハン(ソウル市体育局)。チョウソンジェ・キムミンスーとの激戦からの画像である。ヤンのペアはドーハアジア五輪代表のナンテクホ。

Bチームというのは俗称で、国際大会の開催国に与えられたワイルドカード(開催国枠)を得た選手のことである。団体戦のメンバーには入れないが、個人戦に出場する。Bといっても国家代表レベルであるから、当然あなどれない。1999年の世界選手権ダブルス優勝ペアは台湾Bの謝・陳。チョンヒョンキ・ユウヨンドン、中堀成生・高川経生という日韓のエースをいずれも劇的なゲームでやぶっての勝利だった。

このヤンヂンハンは2008年のアジア選手権でワイルドカードを得た。若手のサウスポー、イヒョンスとのペアでダブルスにエントリー。篠原・小林のパッキン入ったが、そこを4−0(雨天で7ゲーム)で勝ち波にのった。準決勝で自国のエース、チョオソンジェ・ソミンキュを圧倒し、決勝でもじつにドラマチックなテニスで中堀・高川を沈めた。全くのノーマークであっただけに衝撃は大きかったものだ。国際大会出場はその時以来2大会振り2度目の出場となる。世界選手権出場は初めて。今回もB(韓国では2というらしい)隊からの出場。

彼はアジア選手権での優勝以降、着実に実績をあげている。なかでも昨年、今年と韓国国体個人戦ダブルスに優勝しているのがすごい。この大会は日本でいえば天皇杯のような大会であり、韓国選手の国内における最高目標の大会で2連覇を達成したのである。まさに、北本・齋藤以来の最強のBチームといえよう。(2000年アジア選手権に北本・齋藤は世界とアジアのタイトルをもってワイルドカードで出場した(天皇杯優勝者に出場資格が与えられたため)彼がなぜAチームでないのか?答えは簡単である。予選で勝てないから、である。おどろくべきことに2010年のアジア競技大会韓国最終予選には出場資格さえなかった。最終予選にでるためには前年度に開催されるいくつかの指定大会(大統領旗等)で上位に入る必要がある。彼はそれを満たしていなかったわけだ。2008年のアジアチャンプですよ。あまりにもきびしい。今年でいえば昨年代表だったイヨンが最終予選に参加資格を満たしていなかった。だから彼は今年の予選不参加である。いくらなんでもきびしい。

いまみていて一番楽しい選手のひとり、とヤンヂンハンのことをどこかで紹介した記憶がある。私はこの選手が大好きである。『大運動会』などど揶揄されてしまうほどの圧倒的な運動量でコート狭しとひたすらボールを追いかける。それは度を超していて、酷暑、しかもサウナ風呂のようだった2010チャイニーズカップでも全く同じようにふるまい、なんと救急車で搬送されてしまったほどだ。しかし、ボールを追いかけること、ボールを捕まえエースを奪うことは、前衛の本質、いやテニスの本質なのである。それを忘れてしまったような指導がどこかの国ではおおい。彼のテニスをみて目を覚ましてほしいものである。彼にせよ、ヤンリーにせよ、篠原・小林にせよ、そのポイントへの渇望感を切実にもったものにのみ未来が開ける、そんな気がする。

彼はソウル市体育局の所属プロであり、国体でユウヨンドンと同じ所属である。ヨンドンは農協コーチにソウルにやってきてからもゲリラ的に大会に出場してきたが、それはすべてソウル市体育局との仕事であった。ヤンヂンハンのテニスにはその間近でみる史上最強のユウヨンドンへの憧れがストレートの反映されているような気がするのである(サービスフォームは完コピ)。ヨンドンの圧倒的なパーフォマンス、ポイント力を体力と技術力だけで達成させようとしている。そんな感じである。(いつかヨンドンと韓国前衛の事を話した時、彼のことに話題が及ぶと、ヨンドンは笑いが止まらなくなった!)

今回はダブルスとミックスの2種目に出場。ミックスはキムエーギョンとのペアであり、即優勝候補である。B隊として二つ目のタイトルなるか?なればもちろん前代未聞である。

篠原秀典

篠原秀典

2009NH国際大会でのヤン。準決勝の中堀・高川戦より。右は2008アジア選手権ダブルス決勝、やはり中堀・高川戦。