台湾の報道を読んでいると、上松俊貴(NTT西日本)の名前に、繰り返し同じ言葉が添えられている。
「大魔王」
自由時報、聯合報、公視、TVBS。愛知・名古屋アジア競技大会のソフトテニスを報じた複数の媒体が、日本のエースをこう呼んだ。今回初めて使われた表現でもない。2023年杭州大会の報道にも、すでに登場している。
台湾でいう「大魔王(ダーモーワン)」は、ゲームのラスボスを思えばわかりやすい。圧倒的な強さで立ちはだかる、倒すのが絶望的な相手だ。
日常でも出番はある。手も足も出ない期末試験、家で絶対的な権力を握る妻や母親、職場の上司まで「大魔王」になりうる。どこか面白がりながら恐れる、ユーモアと畏怖が混ざったポップな表現。
これがスポーツの文脈になると、一気に熱を帯びる。台湾メディアが描く「大魔王」とは、ただの強者ではない。「強すぎてぐうの音も出ない」「次元が違いすぎて憧れる」という、最大級のリスペクトと絶望が入り混じった存在だ。
代表例が野球の大谷翔平や山本由伸である。特に大谷が打席でホームランを叩き込み、マウンドで160km/h超を投げ込む姿は、野球ゲームのチートキャラそのもの。「人間離れした最大の敵」として畏怖される。バドミントンで台湾のエース周天成(アジア五輪銀、世界選手権銅)が「20回戦って3回しか勝てなかった」絶対王者アクセルセン(デンマーク)も、まさにこの大魔王だった。
「強いですね」というお辞儀レベルの言葉では到底足りない。勝ちたいのに勝てない悔しさと、規格外のプレーを見せつけられるワクワク感。その両方を込めて贈られる最高の称号、それが「大魔王」なのだ。
ソフトテニスの世界で、台湾勢からまさにそう恐れられ、称えられているのが、上松俊貴である。

台湾の選手たちは、上松をどう見ているのか。対戦後のインタヴューを読むと、「大魔王」という言葉の中身が見えてくる。
『金への道、そこには上松俊貴が仁王立ち』
上松は前回の杭州大会で、男子シングルス、ミックスダブルス、男子団体の三冠を達成した。今回も三種目すべてで決勝に進み、男子シングルスと国別対抗で金、ミックスダブルスで銀を獲得した。
その間、台湾の選手とは何度もメダルを争っている。
張祐菘は杭州大会の男子シングルス決勝で上松に0―4で敗れた。今回の男子団体決勝でもシングルスで対戦し、1―4。台湾男子は二大会続けて日本に敗れ、銀メダルに終わった。
聯合報の取材に対し、張祐菘は、上松が世界NO.1であり、前回大会の三冠選手でもあることを挙げ、突破するのは容易ではないと語っている。
男子シングルス準決勝で対戦した陳柏邑も、金メダルを取るには上松を越えなければならないと考えていた。自由時報は、その相手を「高い壁」として描いている。
台湾の報道における上松は、単に強い外国選手ではない。自国の選手が金メダルへ進もうとすると、そこにいる選手なのである。
「打ちたいところへ打てる」
今回、上松に2―4で敗れた陳柏邑は、緯來新聞網の取材でこう語った。
「上松は打ちたいところへ打てる。彼はその精度が半端ないんだ」
陳柏邑が挙げたのは、一見、当たり前すぎるコントロールの良さだった。「大魔王」という大仰な呼び名から、どんな特別な能力が語られるのかと思えば、出てきたのはコントロールである。それがかえって上松の凄みを浮かび上がらせている。陳柏邑は、それを自分がさらに高めなければならない点として結ぶ。

陳柏邑によれば、過去の対戦では、ようやく1ゲームを取る程度だった。今回は2ゲームを奪い、デュースまで競り合う場面も増えた。自身の出来を7、8点と評価し、以前より対抗できたという手応えを語っている。
今回の変化として挙げたのは「我慢」。自分から攻めるとミスが増えるため、まずは上松と我慢比べをし、徐々に機会を探ったという。カットでリズムを変えることも試みた。
何を試し、以前と比べてどこまでできたのか。陳柏邑は、敗戦をそのように説明している。

張祐菘が語った対戦の難しさ
2023年杭州大会の男子団体決勝後にも、上松との対戦を具体的に振り返ったインタヴューがある。
民視の取材に対し、張祐菘は、上松との対戦で多くを学んだと語っている。記事によれば、上松はカットと守備を中心に、張祐菘をネットへ誘い出し、得点につなげたという。
張祐菘自身はベースラインでのプレーを得意としており、上松はその特徴を利用して戦術を組み立てた、と説明している。
陳柏邑が挙げたのは落点の正確さ。張祐菘が語ったのは、自分の特徴に応じて組み立てられた戦術だった。
強度!!連戦の果てに見せた「大魔王」の凄み
公視の取材に応じた陳柏邑は、もうひとつの事実に驚嘆していた。 団体戦から過酷な連戦を重ねながらも、上松のプレーから試合の強度が落ちることは最後までなかったのだ。陳柏邑はその徹底された自己管理と、衰えない技術力に「感服した」と明かす。
さらに、勝負を分けたポイントとして「決定機を逃さない確実さ」を挙げ、自身との差を振り返った。 三種目すべてで決勝に勝ち進んだ『大魔王』上松俊貴。その連戦を勝ち抜いてきた男と大会最終盤で対峙し、なおも圧倒的なギアの高さを見せつけられたこと——それが陳柏邑の実感だった。しかもその後の黒坂との壮絶な大会最終戦!!まさに大魔王である。
「大魔王」を破った!!
もちろん、今回、台湾はその「大魔王」を破ってもいる。
ミックスダブルス決勝。余凱文・黄詩媛は上松・天間麗奈を5―4で下し、台湾代表団の今大会初の金メダルを獲得した。
聯合報系の記事の見出しには、「日本の大魔王を破った」という言葉が使われた。
勝った側の記事にも、敗れた上松の呼び名「大魔王」が残る。その相手を破ったことが、台湾側の勝利の大きさを伝えている。
負けたときは、越えられなかった壁として。勝ったときは、ついに破った相手として。

韓国の記者は「アルカラス」を見た
一方、韓国からは別の呼び名が出てきた。
「정구의 알카라스」――ソフトテニス界のアルカラス。
キム・ギョンム記者のこの評価は、すでに本サイトのFacebookでも紹介した。
アルカラスとは、もちろんカルロス・アルカラス。世界の男子テニス界を代表する、あの選手である。
普段は主にテニスをプレーするというキム記者が挙げたのは、上松の速さ、広い守備範囲、鋭いアングルショット、正確なフォアハンドとバックハンド。そして、ミスで苦しい状況に陥っても、最後にはゲームを奪う勝負強さだった。
「テニスをしていたとしても、世界トップクラスになった選手ではないかと思う」
さらに、
「まるでソフトテニスでCarlos Alcarazを見ているようだった」
と記し、「長く記憶に残ると思う」と結んでいる。

韓国でも、上松への高い評価は今回突然生まれたものではない。
大会前のCBSノーカットニュースは「現在最高の選手と呼ばれる」と紹介していた。6月のコリアカップでは単、複、混合複、団体の四冠を達成し、東亜日報もその結果を報じている。
その上松を見て、キム記者はアルカラスの名を持ち出した。
われわれが「テニスをしていても世界トップクラスになったのではないか」と書けば、身内びいきのそしりを意識する。それを、隣国の記者があっさりと言ってのけたのである。
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