陳郁動のフォアハンド(2018アジア競技大会台湾史上最年少代表)

滅多にあることではない

アジア競技大会台湾代表選抜戦ダブルスを2番目に突破し、代表となった陳郁動のフォアハンド。現在、高校2年生。アジア競技大会後の秋から3年に進級する。台湾で高校生が代表戦を勝ち抜くことは、滅多にあることではないが、初めてではない。ただアジア競技大会ということでは初めてである。無論快挙。

郭建群・陳郁勳。台湾第二ダブルス代表戦で一位に。

かの楊勝發を想起させる天才・・・

この画像でのプレーは2年前のアジア選手権の代表選抜時、つまり高校進学直前。
高校の先輩にあたる楊勝發(アジア競技大会ダブルス2連覇)を想起させる天才的なストローカーであり、逸材には違いない。

先のアジアカップにも台湾Bとして参加し、小栗・大賀、林田・柴田を連破しているという事実からもそのただならぬ実力が知れるだろう(一ヶ月後の明日香大会シングルスで準優勝)。

2006年と酷似・・この結果が意味するものは

しかし、だ、代表になるのが6年いや4年早かった、というのが正直なところ。
というのも、いままで何度も書いてきたように今年の台湾男子の上位の充実は久々であり、大きな期待があったのだが、それが代表選抜で大きく崩れてしまった。
これは2006年のアジア競技大会時と酷似している、ともいえるが、大きく違うところもある。2006年には大将の王俊彦・方同賢が予選落ちという今回よりもさらに衝撃的な結果だったのだが、あのときの台湾は恐ろしく層が厚く、中堅、ベテランに元代表、元メダリストが犇めいていた。王・方を蹴落としたのもともに国際大会ゴールドメダリストの葉佳霖・林舜雨、そして興隆期の楊勝發・李佳鴻。
翻って今はどうか?この結果が意味するものは?現在の台湾の層の薄さが計らずも露呈してしまった感が強いのである。

台湾は来年(2019年)に第一回東アジアユース競技大会(総合競技大会 台中市)の開催を控え、ユースの強化にここ数年力を注いで来たのもまた事実であり、その成果が思わぬところで出た、ともいえるのだが・・・
当初第18回大会は2019年にベトナムハノイで開催予定であったが財政難を理由に2014年に開催を返上という事態に。急遽代替地を選考し5ヶ月後インドネシアに決定した。

2010年大会(中国広州)のメダルセレモニーより

異例(史上初)のジャカルタとパレンバンの二都市開催となったのは故なきではないのである(次回、次々回は1都市開催が決定)。

アジア競技大会はアジアのオリンピック。ソフトテニスが参加するイベントではもっとも巨大なスケールで運営される。まさにソフトテニスのプレステージといえる(実際に2006年ドーハ大会はオリンピックスタッフによりオリンピックなみの規模で運営されている。第一回は1951年ニューデリー大会だが、ソフトテニスは1990年第12回大会(広島)より正規種目として参加している(1990年第11回大会には公開種目として参加)。

(第11回北京大会1990(公開種目)

アジア競技大会期間中、毎日会場で配布される新聞。無論、ソフトテニスも大きく取り上げられる。もっともフェアなスポーツ紙?!写真は2014年インチョン大会



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