台湾男子伝家の宝刀 葉育銘(2018アジア競技大会台湾女子ソフトテニス監督)のアタックストップ

台湾男子伝家の宝刀 葉育銘のアタックストップ 2018アジア競技大会–18th Asian Games Jakarta-Palembang 2018—台湾女子監督である葉育銘氏現役最後期のアタックストップ。

完璧なアタックストップからはカタルシス・・・

台湾前衛のアタックストップ能力は3強のなかでも図抜けている。そのなかでもさらに頭一つ抜けているのがこの葉育銘だ。彼がコートに立つと、アタックされることを心から望んだものだ。アタックそのものにはそれほど魅力を感じないが、猛烈な攻撃を一瞬で跳ね返す完璧なアタックストップからはカタルシスを得られるようにおもう、爽快感を感じるのだ(私だけかもしれないが ・・・)。

この動画はセカンドアタックだが、彼のアタックストップで思い出深いのは1999年の世界選手権団体戦準決勝の中堀・高川戦での2本だ。団体戦のトップの試合(この頃は5対戦の点取り)で激突した廖南凱・葉育銘、中堀・高川両エースの対戦、まず滅多に見られない重量級のゲームとなった。中堀・高川出足鋭く大きくリードしたなかで中盤(終盤?)台湾ペアがぐっとふみとどまるのだが、そんななかで飛び出したのが葉の2本のアタックストップ。何れもラリーからの中堀の渾身のアタックを跳ね返した会心のディフェンス。この2本のプレーで葉はそれ以降のゲームを完全に支配することになる。(廖南凱・葉育銘として中堀・高川に1997年世界選手権個人戦ダブルス準々決勝に続いての勝利となった。)

2003台湾全国運動会(台湾国体 台北県(現新北市)板橋)での葉育銘

国際大会でみたかった黄軍晟・葉育銘・・・

2009台湾国体風景。台中市中山公園コート

葉育銘は1991年の世界選手権が初代表。当時21歳の学生、最後に代表になったのは2007年のやはり世界選手権。37歳だった。もっとも1999年の世界選手権で団体優勝後、半ば引退状態で、2005年頃に『健康と楽しみ』の為に試合にでると笑いながら話してくれたことがある。それでも2006年のアジア競技大会の予選では切れのあるプレーを見せ代表に十分”色気”をみせていた(2年毎の台湾国体はむろん本気モード)。

2007年世界選手権で8年ぶりの代表復帰。この動画はその2年後の台湾国体でのプレー(国体は皆勤だったがこの台中大会が最後になった)。

2007世界選手権での葉育銘。久々の大舞台だったが、いいプレーもあったが散発的。もっとも葉自身は問題なかった。ペアの郭旭東のコンディションが悪すぎたのだ。大会直前に林舜雨が怪我し、台湾男子全体のリズムがおかしくなった。

黄軍晟とのペア(当時高雄所属)は最初の種目団体戦から他を寄せ付けない強さ、個人戦もそのまま優勝するだろうとおもわれたが初戦で黄軍晟が怪我のアクシデントがあり、残念だった。この怪我がなければそのままこのペアが継続し、翌年の広州アジア競技大会で黄軍晟・葉育銘が見られたのではないか、といまでも思う。それほど魅力的なペアであり、二人の天才児が遺憾なくその天賦の才を発揮したのが2009台湾国体台中大会だった。

2009台湾全国運動会(台湾国体)での黄軍晟・葉育銘

キャリアの頂点は1999世界選手権だが・・・

代表歴は1991、1995、1997、1998、1999、2007と6回。個人タイトルは無いが1995年の世界選手権と1998年のアジア競技大会ダブルスで決勝にでている(廖南凱・葉育銘)。廖南凱・葉育銘ではジャパンカップでの優勝も。

アジア競技大会には1998年のバンコク大会に出場、準決勝日本戦の5番勝負でそれまで廖南凱・葉育銘で2連敗中だった北本・斎藤に謝順風とのペアで快勝。決勝韓国戦では一番でチョンインスー・キムヒースーに破ったが(廖南凱・葉育銘)、5番勝負のチョンインスー・ユウヨンドン(vs謝順風・葉育銘→画像がバンコクでの謝・葉)に壮絶な試合を破れ銀メダル。
個人戦ダブルスではそのチョンインスー・ユウヨンドンに準決勝で辛勝し見事なリベンジ(アジア競技大会史にのこる名勝負!!)。
(決勝は台湾同士となったが、ルーキーの郭旭東・方同賢にまさかの完敗。『まさかか負けるとは思はなかった』とは廖南凱の弁。同感である)。

1999世界選手権団体決勝戦を終えた台湾男子。中央が葉育銘。このころは3ダブルス2シングルスの5組点取り戦(4人以上の登録で一人2回まででられるエキサイティングなもの。葉は1番と5番に)。最低でもダブルス2試合が見られるレギュレーション。シングルスを導入時点で点取り戦は必然。もっとも理想的なのはデヴィスカップの逆の4ダブルス1シングルスだろうが、その次に理想的なのがこの方式だとおもう。現在のやり方は2ダブルス1シングルスは論外。できれば5ダブルスの点取りが良いのは当然。

この競技に欠けているもの・・・

もっとも葉育銘のキャリア上の頂点は翌年の世界選手権であろう。

団体戦準決勝の中堀・高川戦、決勝のチョンインスー・キムヒースー戦に2連勝し、台湾優勝の原動力となった。

ただチーム事情で個人戦ダブルスに出場しなかったのは残念でしかたがない(代表選抜戦はダブルス一位)。

当時、個人戦はダブルス、シングルスいずれかにしか出場できない不完全なルールだったのだ。この重複エントリー不可は後年なくなったが、国際大会での理不尽なルールは今でもある。なんとかならないものか。アスリートファーストは当然、それ以前に競技そのものへのリスペクトが決定的に欠けているのがこの競技のもっともダメなところだ。今年のアジア競技大会での個人戦ダブルスの排除がその最たるものである。

葉育銘の国際大会戦歴
1995世界選手権ダブルス準優勝
1997東アジア競技大会国別対抗団体戦準優勝
1998アジア競技大会国別対抗団体戦準優勝 同ダブルス準優勝
1999世界選手権国別対抗団体戦優勝

ちなみに2007年アジア選手権代表の葉修豪は子息である。

葉修豪。今年のアジア競技大会、代表入りが確実視されたがまさかの代表選抜戦敗退。親子二代でのアジア五輪出場はならず。しかし父がアジア競技大会にでたのは28歳の年であることを考えるとまだまだこれからの選手。







こちらの記事もどうぞ(関連記事)

コメントをどうぞ

comments

Powered by Facebook Comments