1997-2000クールのダブルスチャンピオン 東アジア競技大会関連情報 on fb

四大国際大会時代の幕開け

1997年の第二回東アジア競技大会にソフトテニスは正式競技として採用された。四大国際大会時代の幕開けである。
その最初のクール。その第二回大会は韓国釜山での開催、使用球は韓国ボール、サーフェースはクレーということで韓国の独壇場。6種目完全制覇を達成している。東アジア史上では単独の記録(第3回大会で日本がやはり地元開催で5種目優勝)。ダブルスではキムスンスブ・ユウヨンドン(画像左下)が優勝。二位がチェチフン・バンジュンハン、3位 北本・齋藤。

1998年は完全な韓国台湾対決

続く翌年1998年のアジア競技大会(バンコク) サーフェイスはハード、日本ボール。
前回大会(1994)に続く完全な韓国台湾対決の様相を呈したが結果は真逆、団体は韓国、ダブルスは台湾のワンツーフィニッシュ。

金メダルつまり優勝は郭旭東・方同賢(画像左上)。

銀メダルが廖南凱・葉育銘。銅メダルはチョンインスー・ユウヨンドン。4位チェチフン・キムキョンハン。

ワイルドカードで出場した謝・陳が金

1999年世界選手権、台湾開催となりインドアハード、台湾ボール使用で台湾が6種目中4種目制覇。男子ダブルス優勝は開催国ワイルドカードで出場した伏兵 謝順風・陳信亭(画像左上)。中堀・高川が準優勝。3位が郭旭東・方同賢(台湾)/チョンヒョンキ・ユウヨンドン(韓国)

日本 得意の砂入人工芝で一矢・・・

2000年第4回アジア選手権、このクール日本男子はさんざんだったが、この年は6年振りの自国開催、しかも砂入り人工芝ということもあってシングルス以外の4種目に優勝。男子ダブルスは平山・土師が優勝(画像左下)平山はその長い代表歴のなかでシングルスに専念してきたが、はじめてダブルスにエントリーしたこの大会で唯一の国際個人タイトルを獲得。また代表としてはこの大会が最後になった。2位は韓国のチョンインスー・キムヒースー。北本・齋藤が3位(この名ペア最後の舞台)。

現在では想像し得ない・・・

日本受難の期間だが、日本、韓国、台湾の3強にかつてないほど、まだ現在では想像しえないような名役者が揃っており、不完全な大会運営にも関わらず(シングルスとダブルス同時進行など)、そのレベルは極めて高く、特に1998、1999のバンコク決戦、台北決戦は見応えがあった。




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