『それぞれの釜山』

 

厳しく透徹した視点、あふれるロマンティシズム!!

寄稿 『それぞれの釜山』連載スタートにあたって—web master—

ペンネーム(ハンドルネーム)A.純氏より寄稿いただいた釜山アジア五輪長篇観戦記をおとどけする。 upは週一で約10週間で完結の予定(原稿はすべてとどいているので、あとはHTML化し編集する作業が残っているだけ)。

A.純氏は釜山大会を全日観戦した数少ない日本人のひとり。また競技そのものにも深くかかわってきた、いわば、ディープスロート的人物である。少年時代に見たドラマがわすれがたく、遠く北の地に遊学したロマンチックな精神の持ち主でもある(ハンドルネームの意を知れ!!)。『厳しく透徹した視点、あふれるロマンティシズム!!』が本稿のキャッチコピーだ!!!どうか夢の7日間を追体験してほしい。

断言してもいいが、未だかつて、国際大会についての、これほどの高レベルのレポートが公にされたことは決してなかった。最高の大会の最良の報告書であり、これをこのweb site上で紹介できることは非常に誇らしい。A.純氏にはただ感謝の言葉あるのみである。


(本文中の画像とそのキャプション、および表などはweb masterが作成追加しました)

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『耐え難い緊張感と,そしてそれを乗り越えて我々の前で展開される,心に突き刺さるようなゲーム 』


〜 

序章

そこでは,国内大会では決して見られないものを感じ取ることがあった.

国家代表として選ばれた者が放つ洗練された雰囲気,技術,プライド. しかし,僕をもっとも惹きつけたのは,国を代表して選ばれたという事実を受け止めることによって生じるであろう耐え難い緊張感と,そしてそれを乗り越えて我々の前で展開される,心に突き刺さるようなゲームそのものであった.そして,それらがないまぜになって,例えようのない感情を味合うことになる.目の前に展開されるのは正にチャレンジする姿であって,心揺さぶられる世界であった.だからソフトテニスを見るのであれば,国際大会に限ることはよく理解していたつもりであった.しかし,現実として海外にまで行って見ることは考えてもいなかった.〜本文より

『王者が王者であるためには,何が必要であったのだろうか』


第一章 輝かなかった王者

〜日本人が持ち続けてきた伝統的な「軟式庭球観」では,「後衛」はボールを続け,「前衛」がボレーやスマッシュを決めることが美しいとされ,それは確かに説得力を持って私たちの前に長く存在し続けてきた.

だから私たち日本人にとっては,ベースライン・プレーヤーが一生懸命ラリーを続ける中,肝心な場面でポイント力を発揮できないネット・プレーヤーは魅力を欠いた存在に映る.

だからこそ「攻めの動き」を止められてしまうことは,避けなければならないことであった.〜 本文より

以下全文はこちら クリック

一列に並んだ選手達の印象を一層重厚なものにしているのは,まぎれもなく彼の存在であった

 

第二章 比類なき

〜そんなポーチ・ボレーは,ひょっとしたら相手ベースライン・プレーヤーにしてみれば,寝耳に水のポーチ・ボレーではないだろうかと思った.

観戦者から見ればあたかも予告しているかのように感じられるポーチ・ボレーも,相手ベースライン・プレーヤーにしてみれば,劉永東が全く見えていないのではないだろうかと思われた.

体勢十分な状態で自信を持って打球したにもかかわらず,気がつくと劉永東 が視界に入っているというようなことが多かったのではないだろうか.

何故そのように思われたのかというと,劉永東 のポーチ・ボレーに対して,ベースライン・プレーヤーがフォローに走ることがほとんど見られなかったからだ〜 本文より

そんな遊びみたいなことは,本当に遊びからしか生まれないのではないかと思われた

第三章 遊びにみいだしたもの

それは4ゲーム目に始まった.

男子国別対抗戦の日本対韓国戦の初戦,中堀・高川組と,李源學・劉永東組の第4ゲームは,韓国ペアのサーブだった.

ベースライン・プレーヤーである李源學がミドルに近づき,二回,三回とラケットでボールを地面にバウンドさせた.
「やるぞ!」
 誰かが小声でささやいた.しかし日本ペアは全く気がついていない.

李源學が放ったサーブは,韓国製ボール特有の大きな音とともに高川の脇をすり抜け,ベースライン遙か後方のフェンスに突き刺さっていた.
 

それは,今大会で最も衝撃的な事実の始まりであった.〜 本文より

今回、前半はバズーカサーブを中心した高速サーブの科学的分析、後半は韓国選手のハイレベルテクニックにするどくせまった興味深い内容になっている。一般的に韓国選手というとパワーとか精神性のみがクローズアップされがちなのだが、実は、以前から言っているように、日本や台湾とくらべても、もっとも多彩なテクニックをもっているのが韓国男子なのである。

彼女が求めていることは,配球などではなくて,一球一球彼女が打球するボールの,「質」そのもの……


第四章 スタイルの探求

 〜状況への対処方法が多ければ,それだけ状況を打開できる可能性が高くなるが, ソフトテニス特有のボールの柔らかさという点を考えると,ドライブとともにスライスを打球することによって「チェンジ・オブ・ペース」が可能になると, Paguyoのゲームを見ていて考えさせられた.

これまで,ソフトテニスにおいてはロビングによる「チェンジ・オブ・ペース」が強調されてきた.ロビングも重要だが, これからはドライブとスライスの使い分けによる「チェンジ・オブ・ペース」も考えられてもいいだろう. 恐らく日本のソフトテニス・プレーヤーでテニスを行っているプレーヤーは非常に少ないにちがいない. そうした結果,ソフトテニスのボールがどれだけ柔らかいのか,そのことに心が至っていないように思われてならなかった

スーチー。僕は君の素晴らしいパフォーマンスを見たいんだ!!

第五章 去り行く女王

〜最高でWTAランキング26位を記録(1993.11)し,アジアを代表する選手として世界で名の知られた選手であった.

しかし,ソフトテニスファンにとっては,‘99年に台湾で開かれたソフトテニス世界大会での彼女の活躍で知られているであろう.
 

その活躍はあまりにもショッキングであった.

そして,そのショッキングという言葉は,日本のソフトテニス関係者にとっては二つの意味を持っていたはずであった.〜本文より

…最後のボールを自ら拾うことで,自らの敗退を受け入れようとするアスリートの姿でもあった・・・

第六章 無冠であること

〜ひょっとしたら,この男ほど屈辱を味わったプレーヤーは他にいなかったかもしれない.
だが,本当に屈辱を味わってしまったのかどうかは,僕には分からなかった.
しかし,金煕洙–KIM Hee-Soo–程不可解な負け方をしたプレーヤーはいなかったのではないだろうか・・・本文より

ただただかっこよくて,この二人の類い希なベースライン・プレーヤーの長い長い対戦を見ることの幸せを,僕は心深く感じていた

第七章 至宝よ再び

〜廖南凱のフォアハンドは, 体幹部と上肢のユニット・ターン(unit turn)とそれと一体となったオープン・スタンスで構成されている.

もちろん必要に応じてクローズド・スタンスも見せるが,オープン・スタンスから体幹部の鋭い回転によって威力あるフォアハンドを実現しているようだ.
 

さらに,セミ・ループ・スウィングを採用し,彼の体格からは想像もできないほどの威力ある打球を可能にしているようだった. これらオープン・スタンスやループ・スウィングといった技術は中堀にも共通して見られ,それらは全体的に力みのない, シャープでありながらしなやかなスウィング・イメージを与えてくれる. 〜本文より

–No singing!!
No dancing!!–

終章 残された課題

〜1ポイント毎,いや1球毎に繰り広げられる質の高いストロークとネット・プレーの戦いは,わずかに金耿漢が上回っていた.それはほんのわずかな差であったが,恐らく劉家綸にとっては大きな差を見せつけられたようなゲームであったかもしれなかった.だが劉家綸自身まだ諦めたわけでもなく,まだまだゲームは続いていくだろうと誰もが感じていた〜 本文より

– 国際大会でのその凌ぎ合いにこそ,私たちに必要なことが内在されているのだ. ! –

エピローグ HIROSHIMAへつづく道 そして

どうやらルール改正は現実のものと成りつつあるようだ. ルール改正は,ややこしい現在のルール(主にネット・プレーヤーのファウルに関する議論)をもっと簡素なものにして,ファウルを防止し,ソフトテニスの普及をスムースなものにしたいというのが表向きの議論であるようだが,僕にはどうもネガティブに聞こえる.もっと競技として楽しくしたいから,もっと面白くしたいからといった視点は,皆無である.ファウルに関しては,審判の問題として,何故改善しようとしないのであろうか.ルール改正後も,また素晴らしいプレーが見られることを望むだけである.〜本文より




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